映画・テレビ

2006年12月29日 (金)

大奥

 今日、昼過ぎから知人のEさんといっしょに、AUの宣伝でおなじみ仲間由紀恵主演の映画「大奥」を見に行ってきた。大奥と言えば、先日鬼籍に入られた岸田今日子さんナレーションのテレビ版が有名であるが(だいぶ昔の分であるが)今回はテレビ版を含めての集大成的な作品と位置づけれれている様である。そのためか出演女優陣の衣装代だけで一億円をかけるという豪華さである。またフジテレビ系列の女子アナが大挙して大奥の女中に扮することでも話題だったようだ。(どれが誰だか分からないが。)
 ストーリーは史実にもあるとされる大奥の大スキャンダル「江島生島事件」を題材にし、仲間由紀恵扮する大奥総取締(史実には大年寄とある)の絵島(江島が正しいとされる)と、西島秀俊扮する歌舞伎役者生島新五郎との一夜の恋のなれの果てを描いている。

 見た感想はと言えば、

 「女の嫉妬は恐ろしい」

 がまず第一の感想であろうか。絵島の使える主人である七代将軍家継の生母である井川遥扮する月光院に対しての高島礼子扮する先代将軍家宣の正室天英院が持つ嫉妬。全てはこの嫉妬が発端であるといえる。映画ではこの嫉妬のおかげで、結果的にはとばっちりを受けて絵島は信濃の国高遠藩に流刑、生島新五郎が磔獄門の刑で死んでしまうのである。
(見ていない方へのネタバレを避けるためあまり詳しい話は書かないが。)
 映画の終盤天英院は刑の執行
(当初絵島は死罪の予定であったが将軍家継(まだ子供だが)の鶴の一声により流刑に減刑されたのだ。)
を待つため蟄居中の絵島に詫びを入れるシーンがあるのだが、今さら遅いと私は思わず心の中でつっこみを入れたものである。実際天英院は月光院が将軍家継の生母であることで、勢力を得ているのが気に入らなかっただけで、月光院を追い落とすために絵島を罠にはめたという感じである。おまえのせいで絵島はえらい目に遭っているのにという感じで、もし画面の中に入れるならクールなライダーキックをお見舞いしていたであろう。
(まあ、別に仲間由紀恵の大ファンという訳でもないし、高島礼子に怨みがあるわけでは無い。)

 第二の感想は西島秀俊扮する生島新五郎のかっこよさにほれぼれしたと言うことであろうか。
 そもそも生島新五郎と言う歌舞伎役者は、天英院が上記の画策の成就のため、杉田かおる扮する大奥の中﨟(ちゅうろう)宮路に接触を計らせ、絵島を堕落させるために差し向けられた、今で言うホストのようなものである。ところが、そうなった件は映画では一切説明されてはいないのだが、絵島にマジで惚れ込んでしまい、彼女をかばい通したあげく獄門台に架けられてしまうわけだ。劇中生島新五郎が拷問にかけられても一切絵島とのことは口にしなかったのを見て、
 「あー、俺だったらすぐにゲロ(自白)してしまうだろうな~」
 と、心の中でそんな自分を情けなく感じたものであった。その惚れた女に対する文字通り命をかけた生き様は、男の私から見てもほれぼれしたものであった。
 「真の漢(おとこ)たる者かくあるべし」
という感じである。
(もちろん彼は歌舞伎役者であるため、「漢」言う表現は当てはまりにくいのだが・・・)

 長くなりそうなのでこのぐらいにしておくが、やはり大奥の女性達の愛憎劇を三時間近くにまとめるにはかなり無理があったようで、所々に消化不良の感が否めないが、色々と人間として、一人の男として考えさせられる物が多かった映画であったと思う。

 追伸:ちなみに例によってWikipedeiaでモデルとなった「江島生島事件」を調べてみたのだが、少しばかり毛色が変わっている。映画ではかなり脚色されているようだ(Wikiでの記事が史実であると思う。)
 映画と史実の相違点を挙げてみる。

 1,絵島は生島新五郎と惚れあってH(露骨で申しわけないが適当な表現がないので)をしたのではなくて、ただ単に生島の雇い主の紹介で生島と一緒に御茶屋で話し込んでいるうちに大奥の門限を過ぎてしまったと言う、いわゆるただの門限破りだけであった。なおかつ絵島は朝の登校時間に遅刻した学生のように江戸城の門前で通せ通さぬと門番と押し問答をしたそうである。
 
 2,上記をさらに補足すると、生島新五郎は天英院の差し金ではなくただ単に、絵島が懇意にしている呉服商の薦めで歌舞伎芝居を見に行った際に紹介され、芝居がはねた後に絵島が茶屋に誘っただけであった。

 3,劇中では生島新五郎は絵島をかばって磔獄門の刑になったが、史実では三宅島の遠島(島流しの刑)で済んでいる。(絵島をかばったかどうかは分からない)なお絵島は映画通り最初は死罪だったが、遠島の刑に減刑され、さらに将軍家継の鶴の一声ではなく主君の月光院の嘆願により信濃の国高遠藩預かり(事実上は流刑)となったようである。
(やはりおこちゃま将軍には減刑を申し渡す才覚は無かったわけである。)
 ついでに史実では絵島の兄も連座で切腹を命じられたようだ。

 ま、と言うことで史実は絵島のちょっとした気のゆるみにつけ込んでそのネタで月光院派をひいては側用人の新井白石や間部詮房を失脚させようとした天英院側の策略と言うことである。なお下手をすれば、生島新五郎との件もゴシップである可能性もあると言うことらしい。

おまけ:映画の後ハーバーランドまで行き、レンガ倉庫と言うところでEさんと食事をした。下記はその際に携帯にて撮影した写真である。
K3100001_2K3100002_3


ちなみに左側が行く道すがら撮影した物で奥の方にハーバーランドにあるモザイクと言うところの観覧車が写っている。
(樹木への飾り付けに隠れて見えにくいのだが)
 そして右側がレンガ倉庫と呼ばれる物で、私が初めて行った十数年前までは飲食店が数店入っていたのだが、現在はパスタの店が一件のみである。往事を知る者にとっては寂しい限りである。

お知らせ:12月30日22:23分に誤記に気がつき「六代」将軍家継を「七代」将軍に訂正いたしました。

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2006年2月28日 (火)

緊急投稿!

 今、ニフティからのメールを見たら、なんとあの「北斗の拳」が再びアニメ映画になるそうだ、この乱れた世相に世紀末救世主は必要であろう。(まぁ言葉半分で聞いてください・・)
 ただ、声の出演がケンシロウが阿部寛、(雰囲気は実写でやってもはまると思うけど。)ラオウが宇梶剛士(これもはまるかも)そんでオリジナルキャラクターの拳王親衛隊の女兵士に柴崎コウがキャスティングされている。
 さて、阿部寛が劇中放つ怒りの咆哮は、あの伝説の「神谷叫び」を超えるのか?興味のあるところではある。
 ただ、個人的には、旧バージョンの声、ケンシロウ→神谷明 ラオウ→内海賢二 の両巨頭でやってほしかった。両方ともまだ現役だぞ。しかし今回の映画はケンシロウとラオウの直接対決がメインの話になるようだが南斗の将(これは隠し設定だった。)ユリアはどうなるのだろうか?

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2005年9月 8日 (木)

「ノロイ」

 昨日、台風の過ぎ去った夜に「ノロイ」というホラー映画を見に行った。
 (過日見に行った「姑獲鳥の夏」と違い真性のホラーである。)
 今回もレイトショウである上に上映開始時間が異様に遅く(なんと22時10分)終わったのは深夜0時10分
 数組の観客(プラス僕と知人)とエレベータしか動いていない夜の映画館は結構恐怖感をかき立てた。
 なおかつ駐車サービス券をもらい忘れ、知人と二人で戻ったときの怖さといったら・・・

 一応「ノロイ」という映画は、ある心霊作家の実録ビデオを題材にしたということでマジもの感があり、家に帰ったその日はなかなか電気が消せなかったりしたのだが、
(ちなみに僕の部屋は便所の前にあるので、夜中に電気を消さないと同居している両親がうるさいので、とりあえず消して寝た。)
 冷静になって考えると明らかに作為的な演出の見られるところがあり、やはり「事実は小説より奇なり」ということなのかと思ってしまう。
 つまり小説が題材と聞くと基本的にフィクション感が漂うが、実録ビデオの編集という形でストーリーが形作られるこの「ノロイ」という映画はリアル感を創造し、ダイレクトに恐怖感を与えるのである。
 
 さて結論ですが。 怖かった・・・ (マジで)
 
 

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2005年8月12日 (金)

私見追記「姑獲鳥の夏」

 先日、京極夏彦原作「姑獲鳥の夏」の映画を見に行った事を投稿したが、その際に、
 ”あれはホラーではない、推理ものでもないと書いた。あれからそれについて色々考えて具体的な意見が固まったので、投稿する次第である。

 あの映画がホラーものではないという理由は、映画を見れば分かるので割愛するが、推理ものではないという理由は、登場人物の誰一人としてまともな推理をしていないことにつきる。
 あの映画中で探偵と呼ばれている者ですら、自分の(超感覚で)「見た事実」を述べているに過ぎない。これでは推理ものではない。
 それではあの映画はいったいいかなるジャンルのものぞやといわれたら、数日間の考察の結果現在言えることは、心に病を持つ人の治療をする-いわば医療ドキュメントとでも呼ばれるものにホラ-テイストと推理テイストを少しばかり加えたものであるという結果を述べておこう。また、ホラーテイストも推理テイストも真の事実を隠すためのカモフラージュに過ぎないといえるのではないか。

 と、まあえらそうなことを書いたが、基本的にはあの映画は自分的には面白かった部類に入っているのは間違いない。

追記:この記事を投稿し終わった後、姑獲鳥の夏のホームページを見た。(実は今まで一度も見ていなかった。)
    すんません。   平に平にご無礼ご容赦を・・・
    姑獲鳥の夏はミステリーなんですね。やっぱりホームページ等で予習はしておくべきでした。

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2005年7月28日 (木)

姑獲鳥の夏

 今日(正確には27日の夜)かねてから予定していた、京極夏彦原作「姑獲鳥の夏」の映画を見に行った。
 いわゆる特撮オタクにとっては実相寺監督作品ということもあって、実相寺アングルと呼ばれる撮影手法がどうのこうのという話になるのであろうが、いわゆるホラーを期待して見に行った人は、多分その説明調の台詞回しや内容につまらなさを感じたのではないか。
 断言する。あれは断じてホラーなどではない、しかし推理ものかというと僕個人的には疑問をはさむ。
 では何かといわれると、考えてもわからない。
 多分、フロイトのシンクロニシティー(この学問の内容をすべて理解しているわけではないが・・・)
つまり心理学や精神論まで話を持ち出さないと、この映画の本質は理解不能だろう。
 病は気から、思い込み、固定観念、このような言葉で表される人間の精神の作用がこの話のなぞを解く鍵となるのではないかと思ったしだいである。

 ちょっと、いちびってええかっこしいしてしまった・・・  (^_^;)
 本当に上に書いたとおりなのかも疑問だし・・・
 最終的には面白かったのが結論です・・・
  ↑それだけかい (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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