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2006年7月

2006年7月30日 (日)

法学検定講座5

 さて、今日も京都入りして法学検定講座を受講した。しかし相変わらず京都は人が多い。観光地だから仕方がないのだが・・・
 今日は講義2単位とも民法である。内容的には総則の続きから物件法の途中にかけてである。
 なお、民法の講義が予定より回数を多くしたのはひとえに法学検定3級の民法において飛ばしていい問題が存在しなくなったのが大きな理由であるそうだ、もちろんこの講座は予備校のテキスト及び、それに類する参考書や行政書士試験の過去問はすでに既習済みの者を対象に行われているので、テキスト過去問に出ている論点は飛ばしているが、それでも問いかけ方の違いから、やはり復習や読み込みはしなければならない。行政書士試験ではなるが行政書士の問題だけをやっていても合格できなくなっている昨今の試験制度であるから、予備校テキスト、過去問といっしょに基礎のうちだといわれている法学検定は重要であろう。
(もちろん国家公務員Ⅱ種・地方上級も基礎に入るといわれているが、とりあえず私にとっては法学検定のほうが重要度は高いのである。)

 追伸:まあ、それにして早朝野暮用期間中のためすごく眠たい。とりあえず今日はこの辺で終わらせていただきたく御了承のほどを・・・

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2006年7月28日 (金)

合格講座(行政法8)2ターン目

 今日は合格講座行政法2ターン目の8回目、今回からお上にケンカを売るやり方の内の一つ、裁判所にチクって行政をシバいてもらう行政事件訴訟法の始まりである。
 行政事件訴訟法は前回話をした行政不服審査法とは同じお上へのケンカであるのだが、その内容はかなり異なっている。
 まず第一に、お上の過ちを内輪でもみ消すという裏趣旨がある行政不服審査法では、お上の行った行為のうち「違法」なものはもちろん、法には適っているが内容がまずいもの、すなわち「不当」なものに対してもケンカが売れたが、流石に裁判所はお上の行為が「違法」かどうかという事でしかケンカを売らせてくれない。裁判所はそのお上の行った行為の内容が法令に照らして適法か違法かどうかの判断しか出来ないからだ。
 第二に、行政不服審査法ではお上のやったことに文句が言いたい場合、そのやったことが「処分」の性質を有する場合にはケンカを売ることが出来た。しかしながら、行政事件訴訟法では、条文の中にケンカの売り方を規定し、さらにその売れる場合についても厳しく定めてある。(行政事件訴訟法第2条以下6条まで)

行政事件訴訟法
第二条  この法律において「行政事件訴訟」とは、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟をいう。
第三条  この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2  この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
3  この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求、異議申立てその他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
4  この法律において「無効等確認の訴え」とは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。
5  この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。
6  この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。
一  行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
二  行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。
7  この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
第四条  この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。
第五条  この法律において「民衆訴訟」とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。
第六条  この法律において「機関訴訟」とは、国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟をいう。

 なぜこんなに細かく定められているのか? それは裁判所がうっとうしいからである。つまり、出来ればお上とのケンカはお上が内々で押さえて欲しいのだが、やはりそれでは救われない人がいる。だから行政(お上)の暴走を押さえるためにも、裁判所の方で判断してあげましょうと言うのがこの法の趣旨であるけれども、かといって判断できないことも持ち込まれては困るわけで、そこでこんな場合はうち(裁判所)に言って来てもいいよと風に決めておくのである。
 第三に行政不服審査法では簡易迅速な紛争の処理をモットーとするが故に書面審理主義(書類で判断する)を採用しているのに対して、行政事件訴訟法では口頭審理主義(しゃべりで判断する)を採用している。これは両方とも一長一短があり、書面審理主義は簡易迅速を旨とする故に逆に議論が尽くされないと可能性があり、口頭審理主義では当事者の意見を裁判官が聞き倒すので議論は尽くされるがケンカの期間が長くなるおそれがある。

以上のように各々特徴がある行政不服審査法と行政事件訴訟法であるが、前回も述べたとおり原則は自由選択主義である。どっちの方法を使ってケンカを売っても構わないのである。
(例外もある、すなわち審査請求前置主義(不服申立前置主義)である。)

追伸:記述式40文字出題の余波が予備校内に激震を走らせている。しかしながら、私は信頼する講師に任せて一歩一歩着実に進んでいくだけである。
 ただ、出来れば今年合格して講師の教えの正しさを胸を張って言いたいものである。

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2006年7月26日 (水)

総合答練1

 今日は本来の受講日より準備不足を理由にして校舎を変えてまで先延ばしにした総合答錬の1回目だった。
 結果は下記のとおりである。

 法  令 択一式41問中26問 各2点につき52点
       記述式5問中3問(うち1問は部分点)
           各6点につき部分点3点で合計15点
 法令合計67点(得点中まぐれ正解択一式で2問(4点))
 
 一般教養 択一式14問中11問 各2点につき22点

 総合得点140点中89点、法令教養とも足切りはクリアで、基準点(6割として)越え

 だった。ただ今回は教養の点数と旧方式での記述式に助けられた感があり、本試験対応は難しいだろう。たぶん記述はこのぐらいは取れて当たり前なので割愛し、法令の択一の内容を詳しく見ていく。

 基礎法学   2問中  1問 
 憲   法   8問中  2問
 行 政 法  13問中  8問
 地方自治法  4問中 3問(まぐれ当たり1問)
 民   法  10問中  8問(まぐれ当たり1問)
 商   法   4問中  4問

 採点をしながら解説をざっと読んでいくと結構ケアレスミスが多かった。大事な論点を抑えていなかったために選択肢の切り方を間違えたとか、問題を読み間違えていたとかいう、イタいミスが多かった。悔やんでも悔やみきれない。特に憲法の悪さが目に付いた。でも難しかったのではない。振り返ってみれば選択肢を中身をじっくり読んでいけば、楽に正解が取れるのが多かった。また憲法では先生直伝の必殺技が使える問題も1問あり、下手にひねって考えてしまったのが悔やまれる。(まあ、その問題は重要キーワードをちゃんとすべて知っているだけで、解ける問題だったのだが・・)

 一般教養は健闘した方だろう。結果的には何とか高得点をあげることが出来た。ついでに内容を書いておく。

 文章理解  3問中3問 
 (問題的に簡単な気がした、おそらく国Ⅱクラスではない。)
 社会科学  8問中6問 
 情   報  3問中2問

 のような感じであった。

 この投稿をしながら振り返ってみると、先生の教えを忠実にこなしている特殊部隊においては、このような内容なら100点超えは当然であろう。私はまだまだである。立ち止まらず復習と基礎固めに努めよう。

追伸:信者さんへ。受講生は30~40人ぐらいでしたよ。

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2006年7月25日 (火)

合格講座(行政法7)2ターン目

 今日は合格講座行政法2ターン目の7回目、本来問題演習の回であるが、6回目の行政不服審査法の残りをやってしまう関係上、問題演習は後半のラストで重要論点のみ行った。
 ここでちょっと話題がそれるが、どうやら今日はある川縁で行われる有名な花火大会があったようで、学校へ行くために最寄り駅を降り立ったとたん、先々週の日曜日の京都駅前と同じく浴衣を着たおねぇちゃんと、そのわきでへらへらしているおにいちゃんの集団が目に付いた。思わず変身してキャストオフして、クロックアップしたい気分になったのは言うまでもない。まあ、やっかんでも、所詮馬に蹴られるのがオチだから、出来もしないことを言って、一人さびしく溜飲を下げている情けない私である。
 閑話休題。
 さて本題に入るが、ある不利益処分の事前手続である前回の行政手続法とは異なり、今回の行政不服審査法は事後手続である。つまり前回登場したタカくん食堂が聴聞の甲斐もなく営業許可取消処分となったとする。しゃれにならないタカくん食堂の店主タカくんが最後の望みをつなぐのが、行政不服審査法に規定される「不服申立て」である。
 ただ、行政への文句の言い方は、行政そのものに文句を言うやり方を規定する前述の行政不服審査法による不服申し立てのほかに、裁判所に文句を言って行政をシバいてもらう行政事件訴訟法があるのだが、行政事件訴訟法については次回の講義になるので、今回は割愛させていただくことになる。
 話を元に戻すが、一家が路頭に迷うことになる、がけっぷちのタカくんはお上(行政)の誰に文句を言えばいいのか? 文句の言い先は、処分をした本人(処分庁)に行う異議申立てと、それを指揮監督する権限のある上司(上級行政庁(審査庁と称す))に文句を言う(いわゆるチクり(密告)に近い要素がある)審査請求がある。さて、タカくんはどちらにケンカを売ればいいのか? 行政不服審査法はこう規定する。

行政不服審査法 第六条
 行政庁の処分についての異議申立ては、次の場合にすることができる。ただし、第一号又は第二号の場合において、当該処分について審査請求をすることができるときは、法律に特別の定めがある場合を除くほか、することができない。
一  処分庁に上級行政庁がないとき。
二  処分庁が主任の大臣又は宮内庁長官若しくは外局若しくはこれに置かれる庁の長であるとき。
三  前二号に該当しない場合であつて、法律に異議申立てをすることができる旨の定めがあるとき。

 ややこしい話だが、要のところはこの規定に該当するもの以外は、文句を言いたければ審査請求を行いなさいと書いてある。つまりクレームは担当者に言わずに上司に言った方が早いという鉄則と同じなのである。これを称して、
 「審査請求中心主義」
 という。そして審査請求については、以下のように規定される。

同法 第五条
 行政庁の処分についての審査請求は、次の場合にすることができる。
一  処分庁に上級行政庁があるとき。ただし、処分庁が主任の大臣又は宮内庁長官若しくは外局若しくはこれに置かれる庁の長であるときを除く。
二  前号に該当しない場合であつて、法律(条例に基づく処分については、条例を含む。)に審査請求をすることができる旨の定めがあるとき。
2  前項の審査請求は、同項第一号の場合にあつては、法律(条例に基づく処分については、条例を含む。)に特別の定めがある場合を除くほか、処分庁の直近上級行政庁に、同項第二号の場合にあつては、当該法律又は条例に定める行政庁に対してするものとする。

 この条文は審査請求についての規定であるが、行政不服審査法第5条2項によれば、審査請求は処分庁の直属の上司(直近上級行政庁)か、法律で決められたところがあれば、そこに文句を言いなさいとするのである。
 これを逆の意味で解釈すれば、万が一上司がいない場合で、法律に審査請求が出来るという定めのない場合は、同法第6条1項から2項の規定により異議申立てをすることになる。また、同条3項に当てはまる場合は原則として、下記の規定(行政不服審査法20条)により異議申立てを先に行わなければならない。これを称して
 「異議申立て前置主義」
という。

同法第二十条
 審査請求は、当該処分につき異議申立てをすることができるときは、異議申立てについての決定を経た後でなければ、することができない。ただし、次の各号の一に該当するときは、この限りでない。
一  処分庁が、当該処分につき異議申立てをすることができる旨を教示しなかつたとき。
二  当該処分につき異議申立てをした日の翌日から起算して三箇月を経過しても、処分庁が当該異議申立てにつき決定をしないとき。
三  その他異議申立てについての決定を経ないことにつき正当な理由があるとき。

 ただ、異議申立て前置であっても、同条但書きによって、
 1、異議申立てが出来るって教えてくれなかった。
 2、異議申立てをしたのに3ヶ月間放置され、なにも返事してくれなかった。
 3、異議申立てを経なくてもいい理由がある。
 場合には異議申立て前置であっても審査請求が出来るのである。

 ここで、話を始めに戻すが、お上に対するクレームの言い方には二通りあるといった。行政不服審査法によるやり方と行政事件訴訟法によるやり方である。これは原則としてはどちらでケンカするのも自由である。これを
 「自由選択主義」
という。ただし、行政不服審査法による不服申し立て(審査請求)を行ってからでないと、行政事件訴訟法による訴訟を行えない場合がある。これを
 「審査請求前置主義」
という。
 で、最後になるのだが、行政不服審査法では、行政庁の処分(作為)に対して文句を言えるのと同様に、何もしないこと(不作為)に対しても文句を言える。これは、仕事をしない本人(不作為庁)でも直属上司(直近上級行政庁)のどちらでも言える。何もしないだけなら文句の言えるどちらに言っても同じだからである。これを称して、またまた
 「自由選択主義」
と称す。ただし上司がいないなら審査請求は出来ないので、異議申立てのみになってしまうことは言うまでもない。

同法第七条
 行政庁の不作為については、当該不作為に係る処分その他の行為を申請した者は、異議申立て又は当該不作為庁の直近上級行政庁に対する審査請求のいずれかをすることができる。ただし、不作為庁が主任の大臣又は宮内庁長官若しくは外局若しくはこれに置かれる庁の長であるときは、異議申立てのみをすることができる。

 さてさて、「審査請求中心主義」「審査請求前置主義」「異議申立て前置主義」「自由選択主義」×2 どれがどうなのか試験中にピピッとひらめくとことが出来るだろうか?

追伸:明日から毎週水曜日ごとに6回、ついに恐れていた答練である。お世辞にも十分な準備が出来ているとは言いがたい。究極は問題の復習を法検と平行して進むべきなのであろう。がんばらねば!

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2006年7月23日 (日)

法学検定講座4

 昨日の晴れ間と打って変わり、うっとおしい雨の中、今日も京都まで講師の法学検定講座を受講しに行った。なにやら夜半にかけて、梅雨前線の北上により雨の量が多くなるそうだ、帰りに大雨だとうっとおしい。あまり激しく降らないでほしいものである。
 さて今回の講義は行政法を前半で終了し、いよいよ民法に入る。この法学検定講座は行政書士試験をターゲットにした講義内容であるので、民法もおのずから行政書士試験対策に特化した解説となるのだが、諸事情によりかなり細かい内容まで解説すべきであるという講師の判断により、基礎法学の1回分を民法にまわして、4回の予定で解説することになるそうだ。当初の予定では憲法3回、民法4回、行政法3回、基礎法学2回計12回であったが、行政書士試験センターの試験概要の発表により修正を余儀なくされたとのことである。結局は憲法5回、行政法1.5回、民法4.5回(ないしは基礎法学の回の半分を使うかもしれないとのことで5回)基礎法学1回(ないしは半分回)になってしまった。憲法が予定に比べて2回も多くなった背景には、試験の予想難易度の上昇により憲法をある程度のレベルで置いておくことが出来なくなった為である。降り続く雨の如く、なんともはやうっとおしい話である。その弊害は私のほうにもきて、憲法をある程度のレベルでほおって置くことができなくなり、さてさてどうしようかと正直な所、頭を抱えているのである。
 まあ、とりあえず6月末から取り掛かっていた民法強化月間の目標は何とか達成した。
(ただし、強化できたかどうかとは別問題である。)
 今週水曜日に迎える総合答連に向けてある程度の足しにはなっていてほしいのだが・・・ 不安である。

追伸:早朝野暮用月間中につき、早起きしないといけないため、内容が薄くなってしまったがご容赦いただきたい。

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2006年7月21日 (金)

合格講座(行政法6)2ターン目

 今日は合格講座行政法2ターン目の6回目、本来なら行政不服審査法がメインなのであるが、5回目に残っていた行政手続法の残り、不利益処分に対する意見陳述手続である聴聞と弁明の機会の付与、行政指導、意見公募手続(いわゆるパブリックコメント制度)を学習した後、行政不服審査法の概論だけ入って今回は終了である。したがって残りは第7回目の問題演習の回で行うことになっている。
 そんなわけなので、今回は実務上もよくある聴聞と弁明の機会の付与のうちでも規定と手続がややこしい聴聞について例を挙げて書いていこう。
 今回登場いただくのは、食品衛生法に基づき都道府県知事に対して食堂の営業許可申請をし、兵庫県の某所でタカくん食堂という食堂を経営する店主(仮名:タカくん 兵庫県○○市在住)と、行政庁である兵庫県知事井戸知事とその補助機関から数名である。なお、補助機関の面々はこの場における役割名で呼ぶこととする。
 で、兵庫県某所で、県より食堂の営業許可を受けてタカくん食堂を経営していたタカくんだが、あるときちょっとした不注意から、食中毒者を出してしまい、その被害が甚大だったため、行政庁たる兵庫県知事の井戸知事の名前で営業許可取り消しという不利益処分を受けることになり、行政手続法第13条1号のイに該当するため、聴聞の手続が行われることとなった。

行政手続法第十三条
 行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一  次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
  以下略。

 そして、行政書士を代理人として雇うことを知らなかった哀れなタカくんは、一人で指定された聴聞の日にノコノコと県の指定する聴聞の開催場所へといったのである。
 そこには、司会席と思しき机がひとつあり、そこには主催者と呼ばれるこの聴聞の取り仕切り役がえらそうに座っており、その前に縦に平行に並べられた一対の机があり、片方に、県の職員(処分庁側の代表)が座っていた。
 そう、聴聞には処分を下す張本人の行政庁の井戸知事は登場しない、実は井戸知事は主催者というしかめっ面の司会者を決めて、そのものに聴聞の進行をするように指示しているのである。つまりは行政庁たる井戸知事のパシリなのだが、聴聞中においては主催者は王様である。

同法第二十条
    主宰者は、最初の聴聞の期日の冒頭において、行政庁の職員に、予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない。
  2 当事者又は参加人は、聴聞の期日に出頭して、意見を述べ、及び証拠書類等を提出し、並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる。
  3  前項の場合において、当事者又は参加人は、主宰者の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。
  4  主宰者は、聴聞の期日において必要があると認めるときは、当事者若しくは参加人に対し質問を発し、意見の陳述若しくは証拠書類等の提出を促し、又は行政庁の職員に対し説明を求めることができる。
  5  主宰者は、当事者又は参加人の一部が出頭しないときであっても、聴聞の期日における審理を行うことができる。
  以下略。

上記条文を見て頂いたら分かるように、主催者はパシリの癖に処分庁の職員にタカくんに対して下した処分の内容や理由を言わせたり、必要があると思ったときは、お言葉を発して色々指示することが出来る。なおかつタカくんが目の前にいる職員に対して質問をしようと思っても 、主催者の御許可をいただかないといけないのだ。
 ただこのように王様気取りの主催者も、聴聞が終了したらただの井戸知事のパシリに逆戻りしてしまう。

同法第二十四条
 主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成し、当該調書において、不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨を明らかにしておかなければならない。
2  前項の調書は、聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに、当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに作成しなければならない。
3  主宰者は、聴聞の終結後速やかに、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し、第一項の調書とともに行政庁に提出しなければならない。
  以下略。

 つまり、パシリの身分に戻って相手側の言い分の正当性や、聴聞を行った内容とかを報告書や調書にして、井戸知事に提出しなければならないのだ。それもすぐに・・・ 残業必死のパシリの主催者君に陽の目はあるのか?

同法第二十六条
  行政庁は、不利益処分の決定をするときは、第二十四条第一項の調書の内容及び同条第三項の報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれをしなければならない。

 というわけで、本当にしっかりと見てくれるのかどうかは別問題だが、井戸知事にはパシリに使った主催者君の仕事の成果をちゃんと見てやらなければならないと書いてある。
 まあ、これで残業したかもしれない悲しき下っ端公務員の主催者君も浮かばれるでしょう・・・・かね?

 追伸:紙面の都合でまた、はしょってしまったが、要は行政手続法の聴聞における主催者の立場というのは場面場面によってころころ変わるということが重要で、ついでに言えば、聴聞の公開非公開を決定するのは行政庁である。
 なお、これらの処分権限は食品衛生法と地方自治法の規定に基づき、国から都道府県に対して第1号法定受託事務として委任されているのであるから、国で作った法律である行政手続法の適用を受けるのである。
(すみません。もし間違っていたら指摘くださればありがたいです。上記の内容については余り自信がありません。)

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2006年7月18日 (火)

合格講座(行政法5)2ターン目

 今日は合格講座、行政法2ターン目の5回目であった。内容は前回からの続きである行政機関情報公開法と行政機関個人情報保護法、そして行政手続法の手続内容の途中まであった。まあ、今回は1ターン目と内容が重なるが、行政手続法は行政法の中でも重要科目に当り、はずせないので、今回も行政手続穂について話していこう。
 1ターン目でも述べたとおりこの行政手続法は行政書士のために作られた法律といっても過言ではない。この法令が制定されたことにより、お上は行政書士の書いた書類を面倒くさいからといってポイッチョできなくなったのだから。

行政手続法 第一条
  この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第四十六条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。

 ただ、この法律は使い方によってはお上にとってうっとおしい事となるため、上記の第1条によって使いどころを限定される。
 
 処分
 行政指導
 届出に関する手続
 命令等を定める手続

以上の4つである。ただ、紙面の都合で全部については詳しく説明できないので、処分についての定義を詳しく説明しよう。
 さて、「処分」の内訳とは、申請に対する処分及び不利益処分とある。そして「申請」とは、法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(許認可等)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう(行政手続法2条3項)
 次に不利益処分とは、行政庁が法令に基づき特定のものを名あて人として、直接にこれに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう(同法2条4項)
 文章がややこしくてわかりにくいので、ちょっと有名な方に登場いただいて、わかりやすく説明しよう。
 今から登場するのは漫画ミナミの帝王に登場する萬田銀次郎、通称「萬田はん」である。彼は大阪のミナミにヤミ金融を開設し、法外な利息で金を貸し、きっつい取立てを行うお方であるが、その萬田はんが、どういう風の吹き回しか知らないが、まっとうな貸金業を始めたくて、財務省(貸金業の監督官庁である。)に行政書士を使って書類を提出して、(金融庁は行政機関。書類の提出代理は行政書士の仕事である。)
 「わしに、貸金業の免許をよこしたらんかい!」
(自己に対して(何らかの)利益を付与する処分を求める行為。まあ、実際はこんな言い方をしていたらどうなるかわからないが・・・)
といったところ、金融庁が、
 「萬田銀次郎さん。審査の結果、あなたを貸金業にします(あるいは出来ません)。」
(諾否の応答)
と金融庁が返事をする、これら一連の行為が「申請」と呼ばれるものとなる。だから、実務上「届出」という名称であっても上記のような形式を満たすものであれば、「申請」に当るので注意が必要だ。
 また、晴れて萬田はんが貸金業の登録を許可されたとしよう。ところが、相変わらず出資金法の金利上限をはるかに超えた金利で貸金をし、きっつい取り立てをやめなかったとする。そこで金融庁が萬田金融の貸し金業登録を取り消したとする。そうなると萬田はんはせっかく手に入れた貸金業の免許を取り上げられることになる。
(まあ、自分が悪いのだから本来は仕方がないのだけれども)
上記のように金融庁が萬田はんに取った行為は萬田はんに取ってはイタい話(不利益)である。この行為が不利益処分というものである。
ただ、萬田はんが貸金業の免許申請を行ったときに受けた処分(申請に対して下される処分)、萬田はんの同意の上でする処分(名あて人の同意の下にすることとされている処分)については、前者はもともと不利益がない、(免許の申請が却下されても、萬田はんは以前と同じヤミ金融のままであるから何も失っていない。)
後者は本人が認めているのだからいいじゃないかということで、不利益処分には当らない。
(2条4号ロ及びハ)
 また、萬田はん個人を対象としないで貸金業全部に対して下される処分(一般処分という)は「特定の者」に対して下した処分ではないから、当然不利益処分にはならない。

追伸:昨日月曜日から長期野暮用期間に入り、以後1ヶ月の間毎朝5時30分に起床しなければならない状態である。今は実は深夜0時45分。早く眠らなければ・・・

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2006年7月16日 (日)

法学検定講座3

 今日はいつものごとく京都で、講師の個人講座法学検定講座があったわけだが、今日は祇園祭の宵山である。京都駅に向かう道すがらの電車の中でも、京都駅についてからでも、まあ、着物を着たお姉ちゃんとその横にコバンザメのようにくっついているお兄ちゃんという感じのカップルが異様に多い。まあ、お祭りだから仕方がないのだが、こちらにとっては目の毒である。私がもし仮面ライダーに(今放映中の分だが。)に変身できる資格があるなら、今すぐ変身してマスクドアーマーをキャストオフしてマッハ7で周りにばら撒き、クロックアップしてへらへらしているお兄ちゃんたちをこっそり殴って回りたい気持ちでいっぱいだった。
(「キャストオフ」と「クロックアップ」については、詳しくはオタク話3を参考にしていただきたい。)
 まあ、意味のないやっかみはこのぐらいにしておこう。
 今回で憲法の解説は終了し、本来なら民法に入るところを、予定を変更して行政法に入った。行政法は過去問論点の問題は飛ばして重要論点のみの解説で2回分の講義で終了し、残りを回数の殆どを民法に費やすことになるそうだ。(予定変更については、よんどころない事情と言う意味の内容を講義にて講師はおっしゃっている。)行政法については法学検定2005年度版ですでにある程度の回数読み込んでいるので、論点的にはそんなに難しくはなかった。ただ、精密度を上げる作業がいまいちのようなので、再度読み込まないといけないと考えている。
 先延ばしにした答練まであと1週間強。満足な結果が得られるかどうかは微妙なところである。それでも諦めず進んでいかねばならない。

おまけ(写真はクリックすると大きくなります。)
K3100001
京都駅の改札口に掲げられていた祇園祭の提灯

K3100002
キャストオフ及びクロックアップで排除&いたずらしたかった方々。(殆どがとばっちりを受ける無関係な方なんですけど。)

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2006年7月14日 (金)

合格講座(行政法4)2ターン目

 今日は合格講座行政法の2ターン目の4回目、内容的には行政行為の撤回の残りと行政行為の附款、行政上の強制手段、行政機関情報公開法の半分ぐらいであった。1ターン目の時には行政上の強制手段の一つである代執行のところで話が終わっていたので、今回はそれを含めた大枠での考え方である行政上の強制手段について書いてみようと思う。
 行政上の強制手段とは、平たく言えばお上(行政機関)が国民に対して言う事を聞いてほしいことがある場合にそれを強制的にやらせるための手段のことであり、まず大まかに分けると現在言う事を聞いてほしいことを聞かせるために使う行政強制と、過去に言う事を聞かなかった事に対するお仕置き(制裁)に使う執行罰に分けられる。
 そして、現在してほしいことがあり、国民に言う事を聞かせるための行政強制は、さらに行政上の強制執行と即時強制に分けられ、これまた行政上の強制執行は目的や方法の違いで、代執行、執行罰、直接強制、行政上の強制徴収に分けられる。
 また、過去に言う事を聞かなかった事に対するお仕置きである行政罰は、刑法総則を適用して刑罰の形式で科す行政刑罰と、行政上の秩序を守るために行政法規違反に過料を科す秩序罰に分けられる。
 行政罰の種類である行政刑罰と秩序罰の違いは言ってみれば、刑法を適用しないといけない程のしゃれにならない国民のおイタに対してのもの(行政刑罰)と、まあたいした事のないおイタに対してのもの(秩序罰)の違いであるといえるので、ここではこのぐらいにしておくが、厄介なのは行政上の強制執行である。いろいろ種類があるのでこんがらがりそうである。詳しく見ていくことにする。
 まず行政上の直接強制のひとつである代執行は、お上がある国民にやってほしい事があるのだが、どうしてもやってくれない場合に、そのやってほしいことが他人でも出来る事であった場合、お上自ら(まあ、お上自らがすることはまずないが)又は誰かがそのやってほしい事を代わりにして、かかった費用をやってほしかった国民に払わせるというものである。執行罰は代執行と違い、ある国民にやってほしいことがその国民本人にしか出来ない場合に罰金を取ることを予告して、やってほしいことをやらせようとすることである。
 つまり代執行は誰かが代わって出来ること(代替的作為義務)を直接的に実現する手段であり、執行罰はしてほしい本人にしか出来ない(非代替的作為義務及び不作為義務(不作為とは「~するな」ということなので、当然代わって誰かが「する」ことは出来ない。))事を罰金という間接的な手段で実現するものである。
 以上の二つとは異なり直接強制と行政上の直接強制は、「代わってする(代執行)」とか、「させるようにする(執行罰)」という概念はなくやってほしいことを、お上が実力を持って無理やりさせるという攻撃力が格段に違う強制手段であり、直接強制は国民のしてほしいこと(義務)に対して、行政上の強制徴収はお上に支払うべき税金等の納付義務に対して、それを行わない国民に対して、お上が直接国民の身体や財産に実力を加えたり、支払うべき税金を強制的に巻き上げたりして目的を達成するものである。
 さて、それでは最後に即時強制だが、即時強制は国民の身体や財産に直接実力を加えるのは直接強制と同じだが、即時強制の場合は国民に義務を課さずにいきなり国民にお上がしてほしいことをやってもらうというさらに攻撃力が上の手段である。義務がいらないと書いたが規定的には、

 あらかじめ義務を命じる余裕のない緊急の必要がある場合、または事柄の性質上義務を命じる方法では目的を達成できない場合

とある。具体的には消防官の火事の際、延焼家屋内に生存者がいる場合の家屋突入が上げられる。この具体例については1ターン目の行政法5回目の投稿で書いたので詳しくは説明しないが、火事で中に取り残されている人間に脱出する義務を科し、義務を果たさないので突入して助けるということでは、中にいる人は明らかに死んでしまう。つまり、この場合が「義務を命じる余裕のない緊急の必要がある場合」に相当するのである。
 さて、これらの内容に分かれる行政強制だが、かっての考え方では行政行為には自力執行力が内在されているとされ法律の根拠は要らないのではないかという考え方もあったが、現在では法律による行政の観点から法律の根拠が必要であるとの考え方に立っている。特に、直接強制と即時強制には、その攻撃力が半端ではないため、人権侵害の危険性が付きまとう(当然直接強制より即時強制のほうが、よりその危険性が高くなる)ので、特に個別の法律の根拠が必要であるということになり、行政代執行法という代執行に関する一般法のようなかたちで一般的に直接強制や即時強制を規定する法律は存在しない(存在し得ない(昔の戦前にあった治安維持法や特別高等警察法のようなものが出来てしまうと困る))のである。

追伸:今回のメンテナンスはさすがに2日もブログの投稿を中止させてやっただけあり、今まで極限に反応が遅い時間帯でもレスポンスは快適である。まあ、前にも書いたとおり、私は暇人なのでかまわないが、出来るだけブログの投稿に命をかけているユーザーの(別に私はなおざりに書いているわけではないが)期待に報いるようにしていただきたいものである。
 

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2006年7月13日 (木)

合格講座(行政法3)2ターン目

 先日もお知らせしたとおり、1昨日は合格講座行政法の3回目だったが、ブログのサーバーのメンテナンスで投稿できなかったため本日投稿させていただくことにする。
 内容的には行政裁量と行政行為の瑕疵、行政行為の取消と撤回であるが、今回の投稿では行政裁量についてお話ししよう。
 行政裁量とは読んで字の如くお上(行政)のさじ加減(裁量)と言うことであるが、本来お上には「法律による行政の原理」という縛りがあるため、お上のすること(行為)は全て法律で決めておくことが妥当である。(これを覊束行為という。)しかしお上のする仕事は、地域のゴミを集める仕事から、H2ロケットを打ち上げて気象衛星を静止軌道に乗せる仕事まで多種多様な物が存在するため、いちいちそのたびに国会で法律を作っていてはやってられない。そのためにお上がある一定の裁量を持つことを許そうという考えが行政裁量であり、それによりお上がすること(行為)が裁量行為と呼ばれる。
 さて、法律で縛られたお上の行為である覊束行為とは違い、おかみのさじ加減(裁量)が認められる裁量行為だが、学説ではこれを法律による基準が存在する制約のある自由と、本当にお上の自由の二つに分ける。前者を覊束裁量(法規裁量)後者を自由裁量(便宜裁量)という。と言うわけで、お上が行う覊束裁量行為は法律が予定する客観的な基準が存在する故に司法審査になじむ(裁判所がお上のすることにいちゃもんをつけられる。)とされ、自由裁量行為はお上しか分からない判断基準であるため裁判所には白黒つけられず、結果的に司法審査になじまない(裁判所がお上のすることにいちゃもんがつけられない。)とされる。
 具体的には、皇居外苑の使用許可を巡って争われた最高裁の判例(昭和28年12月29日)のように公共福祉財産(講師曰くみんなの為のもの。(この場合は皇居外苑))の使用を許可するかしないかは、特に法律で基準が定められている訳ではなく、お上の裁量に属するが、みんなのものであるがゆえに誰もが使用できるように取りはからわれなければならない。従ってお上が全部自分の勝手で決めていいとは言えず、ある程度の基準に従った取り計らいをしなければならない。これが縛られた自由、覊束裁量である。
 また、別の判例(最高裁判例昭和52年12月20日)における公務員の懲戒処分に関する件では、最高裁は、
 「ある公務員をクビにするかしないか、またどのような基準でクビにするかは、その人を使うお上の(実際には上席(上司)の)自由である」
 との判断を下し、お上の全くの自由である自由裁量であるとした。
 つまり、覊束裁量は裁量を行使する段階で、誰が見ても分かる客観的な基準が存在するのであって、自由裁量においては、その裁量の基準が専門的すぎて一部の人にしか分からない内容であるという結論に達する。
 ただ、これらの覊束裁量と自由裁量の話はあくまでも行政法理論上の話であって、裁判所では明確に区別しているわけではない。裁判所(特に最高裁判所)はややこしい話はキライなので、覊束裁量だとか自由裁量とかややこしいことをいわずに、とりあえず裁量権に逸脱・濫用があれば裁判所の審査に服するとする。

行政事件訴訟法
 第三十条  行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

 最後にオチ的な話になるが、行政裁量に対する考え方はいわゆる学者さん達と裁判所の間では隔たりがあり、問題が出た場合行政法理論の問題なのか行政事件訴訟法上の問題なのかと言う様な判断をして問題に望まなければいけないと講師がおっしゃっていた。行政書士試験の試験範囲にはこうあるのだから。

 行政書士の業務に関し必要な法令等(出題数46題)
 憲法、行政法(行政法の一般的な法理論、行政手続法、行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法及び地方自治法を中心とする。)民法、商法及び基礎法学の中からそれぞれ出題し、法令については、平成18年4月1日現在施行されている法令に関して出題します。

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2006年7月10日 (月)

法学検定講座2

 昨日日曜日は先週同様、京都まで講師の法学検定講座を受けに行っていた。本来ならば、勉強のことなのでその日のうちに投稿することにしているのだが、日曜日は朝早くから明石の方に行っていたので、さすがに疲れてしまったのと、ここのところブログのサーバーがトラブルを起こしているようで、記事の投稿等に異様な時間がかかるため、当日の投稿を諦めた次第である。
(11日から13日にかけて大規模なメンテナンスをするそうだが、果たしてどうなることやら。トラブル情報の専用掲示板がブログサービスのトップページにリンクされているが、ユーザーからのすさまじい罵声が書き込まれている。まあ、私は別に暇人だから問題はないのだが、他の方々にとっては由々しき事態であろう。特にプロバイダー接続料金以外にお金を払ってブログを開設されておられる方は、債務不履行で訴えてもいいのではないかと(そこまでは出来ないかな?)同情する。)
 さて、法学検定講座は2回目に入り、今回も2コマを使って憲法の解説である。野暮用で半日出歩いてからの京都入りだったから疲れていたのもあるが、今回の講義ははっきり言ってとても疲れた。ただ単に判例の結論が違憲か合憲かだけではなく、ではその理由はいかなる論点から導き出されるのかというところまで話を持っていかなければならない。それが基礎の状態である。前回の投稿で書いたが、今回より記述式に40字程度の内容を出題するとのことで、もし記述を捨てても試験に受かれる様にするには、択一の回答率を8割程度
(ただ実際には回答不可能問題があるので、実質は講師も話したのだが取れる問題はすべて取らねばならないことになる。)
にせねばならず、つまり憲法を過去問レベルでほおっておく事は出来なくなったのである。だから今回の講義の内容も即座に理解しないといけないレベルにならないといけないのに、ちんぷんかんぷんのところが多かった。困ったものである。まだ行政法は別として民法ですらまともに基礎の基礎レベルが固まっていないというのに、どうなるというのだ。このままでは時間が足りなくなるのは目に見えているが、さりとてプータローの身の上にも色々と浮世の義理があるため、中々時間が作れない。講師は
「時間の許す限りがんばってください。」
とおっしゃるが本当にそれしか手立てはないのである。

追伸:ブログサーバーメンテナンス中に火曜日の講義の投稿予定が重なるので、その分の投稿は後日となるのであらかじめこの場を借りてお伝えしておく。なお、冒頭にも書いたがブログのメンテナンスが無事に終わる保証がないので、しばらく新規投稿とコメントが入れれない状況が続くかも知れないので御了承いただきたい。

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2006年7月 8日 (土)

記述式40文字

 昨日、行政書士試験センターから2006年度行政書士試験の概要が発表された

行政書士試験センター(試験概要のページ)
http://gyosei-shiken.or.jp/shiken/index.html

 それによると、今回の試験から法令科目における記述式問題において、40字程度の記述を要するものを出題するという内容が書かれていた。
 実のところ、私はこの内容については昨日講義のために行った資格の専門学校で、懇意にしている受講生の方からお聞きしたのが最初であったのだが、他の受講生の方々も一様に動揺が隠せない状態であった。
 それはそうであろう。40文字もの記述を出されても何処から出るか判らない内容も正確に覚えておける人などいない。どう対処すればいいのだという感じであろう。
 そこで私は、ある受講生の方に
 「試験委員はもしかしたら、記述式を採点したくないのかもしれない」
と言った。
 これは実は言い得て妙と言う感じで、試験委員の意図をある程度当てた形となったようである。
 なぜならば、講師が講義中に記述式の件について対処法をおっしゃる際に言った言葉が
 (講義終了後深夜に講師はブログにもその内容を掲載されていたが。
講師のブログ「法務事務所」 http://ameblo.jp/samurairouninn/
 「試験委員は、法令は択一式のみで足切りできる自信があるので、あえて記述式の出題内容をそのようにした。」
 である。また、試験センターの試験概要の中に下記の文言がある

 ただし、択一式問題の採点を完了した段階で記述式問題の採点結果にかかわらず合否の決定をできると委任都道府県知事が認める者については、記述式問題の採点を行わないことがあります。この場合は、記述式問題の採点は行わなかった旨及び択一式問題の得点を付記します。

 つまり、悪い意味に取れば、一般教養、法令は択一のみで足切りクリアかつ、法令と一般教養の合計点が合格基準点ぎりぎりの人しか記述式の採点を行いませんと言うことであろう。試験委員は暇人ではないし、試験委員の仕事自体本業の片手間でやっているのであるから、私がその立場だったらそんなめんどくさい採点はしたくはない。
 故に、講師のおっしゃった記述対策法は・・・

 法令は択一重視。このような問題傾向の変更は、去年の記述式の二重の基準、現在かつ明白の危険等の法理を言葉だけ覚えていたラッキーな受験生を締め出すための策であるから、択一の回答精度を100%に近づける作業をする。そのためには、記述式オンリーの対策は特に採る必要なし。もし択一と記述の対策を同時にされている方は双方の比率を五分五分にされているとしたら、択一八分記述二分。究極は択一に全精力を注ぐ。択一は単なる答えの丸暗記ではなく内容及び立法趣旨理解に努め、その集大成が記述である。

 である。
 この事について、講師はいつも講義でおっしゃっている。

 択一の延長線上に記述あり。

 それが今年からより重要になったという事であろう。そして付け焼刃での合格はほぼ不可能になったのも言うまでもない。ある重要キーワードについての説明をせよという問題が記述で出る可能性がある。そうなればただ単にそのキーワードを単語として覚えていても実質的に解答は不可能である。
つまり講師いわく
「運で合格できる要素が限りなくゼロになった」
である。地道な努力こそが合格の鍵であるということであろうか。

追記:内容について私の思惑と異なる表現をしているところがありましたので、7月8日13時54分に一部修正いたしました。御了承ください。

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2006年7月 7日 (金)

合格講座(行政法2)2ターン目

 今日は合格講座行政法2ターン目の2回目、内容的には行政立法、行政契約、行政計画、行政指導と入り、いよいよ行政の振るう力である行政作用のうちの行政行為というところである。
 さて、記事の履歴を確認したところ、前回はどうやら風邪をこじらせていたらしく、内容的にはたいしたことを書いていなかったので、今回は上記の各項目のうち、行政立法と行政行為について、出来るだけ平易に説明してみようと思う。

 まず行政立法だが、立法とは法律を作る事なのだが、本来法律を作るのは立法権の総本山ともいうべき国会である。ではなぜ「行政」立法なのか? それは、行政の作る「法律」とは法条の形式を持っている一般的・抽象的な法規範であるとする。つまり法律の「ぱちもん」(関西(特に大阪)でまがい物の事)なのである。
 なお学問的には、行政の作る法規範である行政立法は法規たる性質(国民にお上のいうことを聞かせれる)を持つ法規命令と行政内部の決め事に過ぎない行政規則とに分かれる。さらに法規命令は正規の法律の付足しにして国民にいう事を聞かせる事の出来る性質を持つ委任命令と、法律や命令を実行するために制定する執行命令とに分かれるとする。
 では、なぜ行政立法が必要か? 例えば、今話題になっている某変な拍手好きのおじさんと、それをあがめるように教育された国民が居る変な国から、テ○ドン2号というミサイルがばしばし発射されているが、もし、その国が日本に攻めてこようとしているとする。迅速に対応しないといけないのに、行政には前回述べたとおり「法律による行政の原理」が存在する、法律は国会が作るのが原則である。しかし、今何らかの対応をしないとだめなのに国会の作る法律(例えば某国の侵略に対する自衛隊の緊急出動法)を待たなければならないのでは、迅速に対応できない可能性がある。そういう一定の場合に行政の裁量を認め、法規範の制定を許すのが行政立法である。
(これは法規命令に該当する)
 また、行政内部の内輪の決め事の制定は行政に任せたほうが話が早い。だから行政が自分で決まりごとを作る場合もある。これも行政立法に入る。
(これは行政規則に該当する)
 ただ、これは厳密に言うと三権分立を犯す場合がある(特に法規命令)したがって法規命令の中で特に強い力を持つ可能性のある委任命令(法律の付足しをして法律に近い内容を持つからである。)には憲法により、厳格な法律による授権が必要であるとする。
(日本国憲法73条6号 但し憲法に於いて法律による授権が直接規定されているのは、内閣の発令する行政立法「政令」だけである。)
 だから、国会の仕事である立法を放棄して行政に全てを授権するような法律を作る事は、憲法の趣旨に反しているため無効である。したがって何でもかんでも行政立法が認められるわけではない。

 次は行政行為である。行政行為は行政の本来の力であり、また行政権の振るう最強の力である。定義的には行政庁が法律の定めるところに従い、その一方的な判断に基づいて、国民の権利義務その他の法的地位を具体的に決定する事を言う。つまり、行政(お上)が国民を一方的にえらそうに命令する事をさす。この場合お上と国民は対等ではない。そして行政行為は実際には「処分」という形で国民に命令を下すのだ。この処分にはいろいろな物があるのだが、
(下命・禁止・許可・特許・認可・決定・確認・公証・通知・受理 覚えるだけでこんがらがる。)
説明するには長くなるので、この行政行為の持つ効力について説明する。
行政行為の効力には下記の6つがある
 拘束力  →処分が行政本体と、処分の相手先をしばってしまう力
 公定力  →一度行った処分はもしそれが違法であったとしても、取り消さない限り効力を有するという力。
 不可争力 →一定の時間がたつと、国民が自分に対してされた処分についてお上と争いが出来なくなる力。
 不可変更力→お上が一度判断して決めた事は、お上自身ですら変更できないという力。
 自力執行力→処分に国民が従わないとき、お上自身が裁判所に訴えることなく自分で国民に無理やりやらせてしまう力。 
 ただ、
 公定力に対しては、その処分の違法性がはちゃめちゃなものにまで認められるものではなく、そういった処分は無効とされる。
 不可変更力についても、認められるのは行政が裁判チックなことをする裁決や決定のようなもの限られる。
 自力執行力については、ともすると暴走の危険性があるので、「法律による行政の原理」から法律の根拠が必要とされる。 
 というような限界も存在するのである。

追伸:ちなみに法律の根拠が必要とされる自力執行力だが、その一般法として規定されているのが「行政代執行法」である。なんかマニアックな名前なので特別法かと勘違いしそうだが、私人間の一般法たる民法と同じく、行政行為の自力執行における一般法なのである。

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2006年7月 6日 (木)

超オタク話11

 日本全国、台風の影響で梅雨前線が活発化し、各地で大雨が降っているのであるが、それとは全く関係なくオタク話をするのである。
 今回の話はついにここまで行ってしまったかともいうべき、「ふたりはプリキュア」である。これは変身ヒーロー物を女の子でするという、かのヒット作美少女戦士セーラームーンの流れを汲む作品である。現在は第2シリーズともいうべきプリキュアシリーズ第3作目、「ふたりはプリキュア Splash☆Star(スプラッシュスター)」が放映されているが、違う主人公で初回作「ふたりはプリキュア」とその続編ともいうべき「ふたりはプリキュア Max Heart(マックスハート)」が過去に放映されていた。初回作及び続編シリーズと現在のシリーズでは設定や世界観等の繋がりはないが、普通の中学生で性格の全く違う女の子ふたりが伝説の戦士となって悪者と戦うというシチュエーションは同じである。
 では、現在放映中の「ふたりはプリキュア Splash☆Star」について軽く登場人物(主に主人公級)をお話しよう。
 主人公の一人夕凪中学2年生の日向咲(ひゅうがさき)はソフトボール部に所属するいわゆるアクティブ系の女の子である。また、こういう感じの女の子にありがちな勉強の方はちょっと・・という設定だ。実家はPANPAKAパン(パンパカパン)という手作りベーカリーを営業しており、パテシェの父親とその手伝いをする母親、小学生の「みのり」という妹との四人家族である。性格的には真夏のひまわりという感じの性格でくよくよしないタイプである。
 もう一人の主人公美翔舞(みしょうまい)はおなじく中学2年生、天文学者の父親と考古学者の母親、秀才で高校生の兄「和也」との4人家族で、父親の都合でしばらく離れていた自宅に最近戻ってきて咲と同じ夕凪中学に転入してきた。性格は咲と対照的で頭もよくおとなしいが、芯は強くしっかりしている。絵をかく事が好きで、よくスケブ(同人誌用語でスケッチブックのことだ。)を持ち歩いていて気に入った風景があると絵をかき始める。その絵は天才的にうまいが、絵をかいている最中や夢中になると周りが見えなくなるというのがたまにキズである。転校してきてからは美術部に所属するようになった。
 さてそんな二人だが、実は共通の思い出がある夕凪町(彼女らが住む町だが)の某所にあるトネリコの森の大空の樹の下で、泉の郷(いずみのさと)から来たという花の精霊フラッピ(花の精霊の癖にオスである)と鳥の精霊チョッピ(メス)と出会い、泉の里に伝わる伝説の戦士プリキュアとなって、泉の郷にある世界を司っているという世界樹とそれを守る7つの精霊の泉を我が物にし、世界の破滅をもくろむアクダイカーン(悪代官?)率いる滅びの国ダークフォールと戦って、すでに奪われた6つの精霊の泉(つまり泉は後1つしか残っていなのだ)を取り返して欲しいと頼まれる。
 まあ、荒唐無稽な話であるから、普通の女子中学生には理解できなくても仕方がない。私だって無理である。おたおたしているうちに、敵のダークフォールから樹の精霊を呪いで支配するカレハーン(枯葉?)が残りの泉のありかを聞き出すために精霊フラッピとチョッピを捕まえに来た。そして紆余曲折のあと(話が長くなるので省略)咲と舞はプリキュアに変身するのである。
 さて、変身した二人は、咲が輝く金の花キュアブルーム(Bloom 開花である)、舞がきらめく銀の翼キュアイーグレット(Eaglet 鷲の子供らしい)となり、精霊の光という力で恐るべきパワーを手に入れる。彼女ら二人の心が一つになればなるほどパワーが上がるところは、かのさいとうたかお先生の名作バロム1そっくりであり、二人が一緒に居ないと変身できないのもバロム1チックである。ただバロム1は、「♪二人が一人バロローム♪」という主題歌のとおりバロム1として合体するのだが、プリキュアは変身しても二人は二人である。攻撃方法も対照的で、咲ことキュアブルームが主に精霊の光をまとって行うコンタクト系とエネルギー放出系の攻撃をするのに対し、舞ことキュアイーグレットは合気道系と精霊の光の力を利用した、受け流し系と切断系の攻撃を得意とする。また、プリキュアとなった彼女らは精霊の光である程度は外部の物理攻撃から防御され、高いところから叩き落されても無事である。(もっともダメージはある程度受けるようだが。)
 で、話が長くなってきたので結論に入るが、いつものように突っ込みどころというわけではないのだが、私はこの番組を姪のために撮りためているの為、見る事になったのだが、
(まぁ、基本的にオタクであるが故、嫌いなジャンルではない。ただ、大の男がいい年になってと批判されても仕方がないのであるが・・)
彼女らの戦闘シーンを見て気がついたことがある。実は彼女らは敵と格闘する際に、足や手を使う事があるが(特に上記戦闘方法によりキュアブルームの方が多用するが)、パンチについては必ずといっていいほどグー(いわゆる拳)で殴る事をせずパーで相手を突く(いわゆる空手でいう掌底突き)のである。又、最終的に敵に止めを刺すのは二人で協力して放つ「プリキュア・ツインストリームスプラッシュ」という光線技のようなものである。
(なお、モデルである美少女戦士セーラームーンでもとどめの技は光線技系である。)
 これは、これらの番組が女の子向けであることに配慮したものであると考えられる。男性ならまだしも、女性がキックで相手を倒すのは女子プロレスならまだしも、中学生の女の子にさせるのは問題があるであろう。また、この番組が古きよき時代の東映魔法少女シリーズの名残を受けていることも原因の一つであるだろう。プリキュアシリーズの制作は東映アニメーションである。彼らのポリシーとしては、少女ヒーローの敵へのとどめはやはり摩訶不思議な力である「魔法」なのだろう。

追伸:中途半端な紹介に終わった事をお詫びする。なお、番組中に原作者として「東堂いずみ」のクレジットが入るが、これは実在の人物ではなく、東映アニメーションの制作部のある東映大泉撮影所の「いずみ」と東映アニメーションの旧名東映動画の「とう(東)」「どう(動→堂)」をもじったものである。なぜこのようなことになるかというと、著作物の著作権は作家に在るが、著作権登録上は作家とは「一人の人」でなければならないからだそうだ。

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2006年7月 4日 (火)

合格講座(行政法1)2ターン目

 さて今日から合格講座は行政法の2ターン目に入るわけだが、初めに講義の内容と全然関係ない話なのだが、今日講義を終えて電車に乗り、最寄り駅で降りて家まで帰る途中の道すがら、この梅雨の最中蒸し暑いのにもかかわらず、カップルがキャイキャイじゃれあいながら私の横を走り去っていった。お楽しみのところ申し訳ないのだが、ただでさえ蒸し暑いのに、これ以上気温を上げないでもらいたいと切に希望した次第である。
 まあ、掴みの話はこれぐらいにして本題に入る。今回は行政法の概論に当る話だが、先ほどのつかみのように少しネタを振っておかなければ、まったく辛気臭い理屈と決まり事ばかりが出る話なので御辛抱いただきたい。
 行政法は民法と違い、行政法という名前の法律は存在しない。行政の個々の活動に際して個別に規定した内容の集まりを行政法というカテゴリーで括っているだけである。したがって行政法と呼ばれるものの中には、法令の形式を備えるものもあれば、判例、慣習から確立されたものもある。前者を行政法の成文法源、後者を不文法源という。成文法源といっても先ほど述べたように行政法は行政法という民法のように私的活動一般を規定するような内容のもの(これを一般法というが)は存在せず、個別具体的な行政の活動(これを行政作用という)ごとに対して制定される。その制定方法たるや、色々な法律の中からその行政作用に対して使いやすいものをパクって来て使うというなんともいやらしいやり方なのである。
 たとえば、私がバビル2世のようにバビルの塔を(本来の元ネタは旧約聖書に出てくるバベルの塔なので本来バベル2世が正しいのだろうが、やはり原作者の横山光輝先生はそれは出来なかったのだろう・・ 閑話休題。)
自分の土地に作りたいと思い、なぜか木造で300階建ての塔を作り始めたとする。
(なお、これは木造でも鉄筋でもまったくのところ迷惑な話なのだが、出す法律の関係で木造とする。)
 周辺の人はたまったものではない、日陰側は日が当らず住民は迷惑である。さて、行政側(以後はお上とする)はそんな私をどうにかしたいわけであるが、お上には法律による行政の原理という縛りが存在する。これは内容として、
 法律の優位(お上のすることは法律に反してはいけない。)、
 法律の留保(お上は何かするときには法律の根拠がいる。)、
 法律の(専権的)法規創造力(お上が国民をしばく法律はお上が作れない。(作るのは国会だけ))
の3点があり、これらの縛りにより(主に法律の留保が相当する)お上が私をしばくには、何か法律なり法の原則がいるわけである。そこでお上は民法の私権の行使に関する原則である権利濫用の法理をパクって来た上で、なおかつ民法の特別法である建築基準法をパクって来て、木造建築の場合には地上3階以上は建ててはいけないと言う規定を使って私にアタックをかけるのである。これが行政法と呼ばれるものの本質である。
 (これは行政作用の「禁止」というものである。なおかつ私が言うことを聞かないと・・・ あとで述べるが行政強制(行政代執行法による違法建築物の除去)により強制的にしばき倒すのである。)
 さて、そんなお上であるが、学問上は行政権の権利主体として行政主体と呼ばれる。また、行政主体は定義上行政を行う権利と義務を持ち自己の名と責任で行政を行う団体、つまり法人であるから実際に活動する自然人(人間)が必要だ。それを行政機関という、機関といっても別にエンジンのようなものではない。先ほども言ったとおり、実際に行政の活動を行って、その結果を行政主体に反映させる実行部隊なのだ。人間で言えば行政主体は脳みそ、行政機関は体全部ということであろうか。さて、行政主体は当然のことながら国、地方公共団体等を指し、行政機関はその権限内容から行政庁、諮問機関、参与機関、監査機関、執行機関、補助機関に分けられる。
で、話が長くなってきたので上記機関の具体的内容を書いて今回は終わりにしたい。

行政庁→行政主体の法律上の意思決定機関であり、対外的に表示する権限を持つ。「庁」とあるが建物ではない。あくまでも「人」である。一人の場合(独任制)と複数(合議制)の場合があり、独任制の最たるものは総務大臣竹中平蔵、東京都知事石原慎太郎(いずれも今現在)である。また合議制は内閣や公正取引委員会等である。(またもっと小さいところでは市長や警察署長も行政庁である)

諮問機関→行政庁の諮問に応じて意見を言うだけの人の集まり。(竹中平蔵や石原慎太郎はこの諮問機関の言うことを聞かなくてもよい。)
参与機関→行政庁の意思決定に口を挟める人の集まり。(竹中平蔵や石原慎太郎は参与機関のいうことは聞かなければならない。)
監査機関→そのものずばり行政機関の行動をを監査する人の集まり。
執行機関→行政庁の意思決定を実力を持って執行する人たち。その際たるものは、ポリさん(警察官)である。
補助機関→上記以外の一般職員の人たち等、公務員と名が付けば殆どがこれに当る。

追伸:冒頭のカップルの件は、あくまでもネタとして書いたものであって、彼らをどうこうしたいと言う意図は間違っても私には存在しないから念のため・・・ (人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやら。)

追記
お詫び:記載内容に不手際がありましたので、7月6日午前0時53分修正いたしました。

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2006年7月 2日 (日)

法学検定講座

 今日は講師のブログ、法務事務所主催の法学検定講座を受講しに昨年の9月以来久々になるのだが、JR京都駅に降り立った。この法学検定講座は、法学検定試験委員会主催のいわゆる法律の「英検」みたいな物である。本年度行政書士試験においては基礎レベルの論点となる内容があり、行政書士試験対策としては落とせない物である。
 この講座は18時40分より21時10分の間に2単元分の講義を行うというペースで、毎週日曜日計6回行われる。内容としてはかなりハイレベルな内容で、各予備校の基本書・過去問について8割以上理解している前提の上で講義をするという講師のお話だった。テキストは日弁連法務研究財団並びに商事法務研究会編集の法学検定問題集3級行政コース2006年版を使用する。
 で、今日は憲法3回のうち2回分を受けてきたのだが、正直言って行政書士試験に於いて憲法を極めることの難しさを痛感した次第である。通説・学説入り乱れ内容をかみ砕いて理解していないと足をすくわれる内容が続発である。行政書士試験対策としての本書のポイントは、問題を暗記すると言うよりも解説部分における説明が論点として問題になる傾向があるとのことで、解説部分の重要キーワード(判例・通説)の内容を理解することに比重を置くようにと講師はおっしゃっていた。
(賢明な方なら、問題を暗記したところで何の役にも立たないことはご承知だと思う。)
 ま、そんなこんなで始まった法学検定講座。講師の助けを借りて自分の血肉としていきたい。

おまけ。今日は日曜日で、特に午後からの野暮用もなかったため、JR京都駅に2時頃到着、駅構内にある(京都駅はむちゃくちゃ広くてでかいのだ。)大階段と呼ばれるところに座って1時間ほど勉強をした。
(以下の写真はクリックすると大きく表示されます。)

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これが大階段だ。地上から20メートル上がったところに存在し、さらにそこからまた20メートル(目測)の高さまで階段が伸びている。

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階段の途中。奥に見えるのが京都駅中央改札方面


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最上部付近。JR京都駅ビルには伊勢丹が入っているが、案内看板が見えるだろうか? ここは地上から10階部分である。最上階はさらに5メートルほど上にある。階段を踏み外し、転がり落ちたら「死」あるのみ・・・


おまけのおまけ

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JR京都駅中央口。大階段はここを入って右側にあります。

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