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2006年5月

2006年5月31日 (水)

祝! ブログ2年目突入!

 実は昨日5月30日は一年前の同じ日、私が始めてブログに投稿した記念すべき日なのである。
 本来は昨日祝うべきなのだが、ご存知のとおり昨日は火曜日で講義の日である。講義の内容を投稿することに決めているため、今日、ブログ二年目突入ということで、ささやかながら一人さびしくお祝いの投稿を入れた次第である。
 思い起こせば、自分の勉強してきた過程や、いろいろ思ったことなどを書くことにより後年何かの思い出にあればと始めたこのブログであったが、自分でもまあよく続いたものだと思う。
(生来私はめんどくさがり屋なので日記などというものはつけたことがなかった。)
 まあ、手書きの日記なら間違えたら消さなければならないので汚くなるが、ブログなら修正すれば誤字脱字なくきれいな文章が出来るわけで、これが続いた理由のひとつだが、もうひとつは、仕事をやめたとき何かひとつ自分に対して義務というほど大げさなものではないが、日常の生活の中で必ずすることをひとつ決めようと考えたのも、ブログを続けた理由のひとつであった。
 おかげさまで最近は私が無理やりお誘いした方もいるが、いろいろコメントいただける方も増えてうれしい限りである。その方たちからコメントをいただくと励みになる。ありがたい限りである。
 今後も泣き言を言ったり、喜んだり、怒ったりいろいろあると思うが、目標達成のそのときまでがんばって投稿したいと思う。

追伸:勿論目標達成後もブログは続けるつもりですよ。 タイトルは変えると思いますが・・・ (^_^)v

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2006年5月30日 (火)

合格講座(民法5)2ターン目

 今日は合格講座民法2ターン目の5回目、内容的には不動産の物権変動の残り部分と動産の物権変動、占有権と続いた後に、いよいよ満を辞して本権のトップバッター所有権のさわりだけというものであった。
 さて早速本題に入るが、不動産の物権変動は原則は公示しないと第三者に対して対抗できないのが原則である。
(だから、不動産を買った場合はすぐ自分名義に登記をしておくのである。(実際には司法書士さんに頼むのであるが・・・))
 で、実は民法上にはお題目として、176条がある

 民法176条
 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

 つまり、A「あんたに土地売ります。」 B「はい、買います。」となればAからBに物権変動が起こるというのが176条の内容である。これが世の中で素直にまかり通るならば、弁護士も司法書士も行政書士も廃業である。実際には金に困って2重売りしたりする輩が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するために、以下のように対抗要件を備えなさいということである。

 民法177条
 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

かいつまんで言えば、不動産の対抗要件は「登記」であり、登記をして外部に対して物権の変動を公示しないと
2重売りの相手に勝てませんよということである。
 さて、177条における第三者とはいかなるものなのか。大審院の判例がある

 当事者とその包括承継人以外の者で登記の欠缺(けんけつ)を主張するにつき正当な利益を有するもの

講師の言葉を借りて日本語に直すと、

 物の権利を移動するにあたっての当事者と、相続等によって当事者いずれかの地位を受け継いだもの以外で、登記がないことを主張するのにまっとうな利益があるもの

となる。
 そこで第三者に当らない例としてよく出てくるのが背信的悪意者である。背信的悪意者とは、たとえば例によってドラえもんのキャラクターを使うが、のび太君が出来杉君に土地を売ろうとして話がまとまった。そこへジャイアンが現れ、出来杉君がその土地を買いたがっているのを知った上で、のび太を説得して(詐欺や強迫は別問題に付きここでは触れません。)普通の値段で土地を買う(登記も入れてしまう)。そしてジャイアンは出来杉君に俺がのび太からあの土地を買った。登記も俺のものにした。どうしてもほしいなら売ってやってもいいぞといって高いお金を吹っかける。これが背信的悪意者である。
 この場合ジャイアンはとてつもなく、やくざなやつである。民法はこういう悪者は許さない。背信的悪意者ジャイアンは第一買主の出来杉君が登記を持っていないことを理由に、売主のび太君から出来杉君への物権変動を否定する「正当な利益」を有さないため民法177条の第三者に当らないとし、出来杉君は登記がなくてもジャイアンに対してその土地は僕のものだと主張できるのである。
 ただし、ジャイアンが土地をゲットした後、何も知らないしずかちゃんに土地を売ってしずかちゃんが登記を入れてしまったら話は終わってしまう。最高裁の判例は

 第二買主たる背信的悪意者から不動産を譲り受け登記をしたものは、自分自身が第一買主に対する関係で
背信的悪意者と評価されない限り、その不動産の取得を第一買主に対抗することが出来る。

とある。
 つまり、ジャイアンから土地を譲り受け、登記まで入れたしずかちゃんは、いかに出来杉君がジャイアンの悪巧みによって土地をゲットできなかったとしても、しずかちゃん自身が出来杉君に対してジャイアンと同じ背信的悪意者と呼べるものでなければ
(勿論この場合はしずかちゃんがジャイアンの意図を知っていてもかまわない。この場合のしずかちゃんを単純悪意者という)
しずかちゃんに対してその土地は僕のものだとは主張できなくなるのである。
 この場合は、裁判所はこういったのである。ジャイアンはやくざだけどしずかちゃんはかたぎの人で法律を守って登記を入れた人だから、この場合はやっぱりしずかちゃんを守らないといけないんだ。出来杉君、悪いけどあきらめてね。
 出来杉君はやるせがないが、これが民法である。二人のカタギは一度には救えない。どちらを救うかその度合いを比較してどちらか一方だけ勝たせるのだ。

 さて、話がとても長くなったが、最後に177条の第三者に関して物権変動と絡めて問題が出された場合、試験対策として講師が言った言葉を挙げて結びとする。
(これを言いたいがために今まで長々と書いてきたのだ・・)
対抗するとはケンカすること。対抗出来る出来ないは、ケンカの相手がヤクザかカタギかどうかで決める。一部の例外はあるが、基本的にはヤクザは177条の第三者には当らない。カタギは177条の第三者に当ると考えればよいとの事である。

追伸:一部の例外の話だが、所有権が転々移転した場合の前主(たとえばA→B→C→Dのような場合のBやC)はヤクザではないが、第三者には当らない。これはその前主が物権変動の当事者とみなされるからである。
(前掲の第三者に関する判例を参照してほしい。当事者とみなされれば第三者ではない。)

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2006年5月26日 (金)

合格講座(民法4)2ターン目

 今日は合格講座民法2ターン目の4回目だった。内容は表見代理の残りと、条件・期限、最後に時効で民法総則を終了し、いよいよ物権法に入る。講義的にはゆっくり解説するところ、すばやく流すところとメリハリの効いた講義だった。ただ、講師が連日の激務で精神的にお疲れのようだった。
(先生、無理だとは思いますが一日オフの日を作って体を休めましょう。)
 そして、私も今週はいろいろとあって、今日の講義は久々に意識が途切れてしまった。実はあさって28日に私的なことで一大イベントの手駒として駆り出されることが予定されており、今週の初めからそれの準備段階として種々の野暮用であちらこちらに外出しまくっていたのである。(勿論明日も然りである。)まあ28日を過ぎれば楽にはなると思うが、今週はとてもしんどかった。
 さて話は変わるが、今回物権法に入ったわけだが、初手から来るのは物件の性質だ。物権は物に対する絶対的・排他的な支配権であることは言うまでもない。そのため物件に対する支配権が侵奪及び侵害された場合はそれに対抗することができる。それを称して物権的請求権というが、これは民法上明文の規定がない。では、なぜそういった権利が認められるのかは、占有訴権(民法197条以下に規定がある)にその根拠を求めるものである。
 民法上占有権とは物件において事実状態に基づいて認められる物権として規定されたものである。
 平たく言えば、不良中学生が駅前にある自転車を盗んで乗り回している場合、彼は盗んだ自転車の所有権は当然もってはいないが、所有の意思を持ってその自転車を所持すればその不良中学生は当該自転車に対して占有権を所持していると言える。つまりドロボーするようなやつにも認められるものすごくいい加減な権利なのだが、この占有権が侵された場合、次の3つの権利が発生する。それが占有訴権である。

  占有回収の訴え(200条) なんと盗んだ自転車がさらに盗まれようとする場合、不良中学生は俺に返せと言える。
  占有保持の訴え(198条) 同じく盗んだ自転車に人が乗っていた場合、不良中学生は自転車から離れろと言える
  占有保全の訴え(199条) 人によって盗んだ自転車に何らかの危害が加えられそうになった場合、不良中学生は、自転車に近寄るなと言える。

 つまり泥棒した自転車の(事実上の)持ち主の不良中学生にすら上記のような権利が認められているのだから、物に対して真の支配権を持っている(これを称して本権と呼ぶ)真正な所有者に対して物権的請求権を認めないわけにはいかないというのが現在の通説であるとの事だ。したがって、

   占有回収の訴えに対して 物権的返還請求権
   占有保持の訴えに対して 物権的妨害排除請求権
   占有保全の訴えに対して 物権的妨害予防請求権

と言う3つの権利が認められるのである。

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2006年5月25日 (木)

超オタク話8

 今日、よく見に行く現在放映中のふたりはプリキュアSplash☆Starの主役の一人を演じる声優の樹元オリエ嬢の個人ブログを久しぶりに見に行ったら、
(彼女はドラえもんの先代スネ夫役の声優肝属兼太氏が主催する、劇団21世紀FOXの出身で(現在は退団したとの事)今回のプリキュアの主役に大抜擢された。)
ANIMAXで放映される妖怪人間ベムにゲスト出演をしたと書いてあった。
 不審に思ってANIMAXを確認したら、なんと妖怪人間ベムが新作でリメイクされているのだそうだ。妖怪人間ベムは設定を全く変えた漫画版が存在するが、この分はオリジナルの設定を踏襲しているみたいである。
 私を含む40代のおっさん世代には妖怪人間ベムを知らない人は少ないと思う。事実、主題歌の中に出てくるせりふ
「早く人間になりたい~」
は彼ら(妖怪人間)の壮絶なビジュアル的インパクトとあいまって、一度聞いたら忘れられない。

 妖怪人間ベムの基本設定はこうだ、

 彼らはいつ生まれたのかは誰もわからないが、ある実験室のようなところで、アメーバのような細胞が3つに分裂しそれが人型に近い形へと変質して誕生した。その細胞がいったいどのような遺伝子を持っていたのかはわからないが、彼ら3匹(「人」ではない)は怪物のような異形の姿態を有しながら、その心は正義を宿していた。そして彼ら妖怪人間3匹は、人のためになることをすれば、いつかは人間になれるのではないかという希望を抱いて、あてのない旅を始めるのであった。彼ら3匹は、その異形の体から人に近い姿に変身する事ができる。また、人間にはない数々の超能力を持ち、その力で善良な人々に仇なす悪人や、悪霊、死霊、妖怪等を退治する。
 それでは、彼ら妖怪人間3匹のプロフィールを紹介しよう。

 ベム
 妖怪人間のリーダー格で、普段は成人男性の姿をしているが、皮膚は土色で耳も魔物のようにとがっている上、頭部もテリー・サバラス(アメリカの映画俳優)のごとくサンシャイン(ハゲと言うことであるが)状態だ。3匹中最強の力を持ち、とりあえず強い。(やられそうになるが最後には絶対に勝つ。ウルトラマンチックである。ただし光線技はない。)

 ベラ
 女性の性質を持つ妖怪人間。普段は成人女性の姿をしており、ベムよりは人間に見える。力的にはベムよりは弱いが、死者を生き返らせる特殊能力があり、これだけはベムにもできない。性格はナルシストで、かなりヒステリックだが、女性らしく身だしなみに気を使うところもある。人間の姿時には、腕に巻きつけてる鞭を使用する。

 ベロ
 子供の背格好をした妖怪人間。人間時も小学校低学年の背格好である。性格も無邪気で子供っぽいが正義感と言うことでは、ベムやベラに引けをとらない。ただし妖怪人間的には能力が低く、相手に捕まったりしてベムやベラに助けてもらうことが多い。なお、人間時はベムよりはまし。(肌の色がちょっと人間離れしているが)

 ただ、彼らは先述のとおり人間に近い状態に変身する事ができるのだが、ベムの風体を割り引いて考えても、彼らには人間とは決定的に違う部位が存在する。それは手の指である。彼らは指が3本しかないのである。
(ただし、これは差別の助長になるとの事からかもしれないが、リメイク版では人間時には指は5本となっている。)
そして彼らは体を自由に透明化させたり
(目だけとか手だけのように一部だけ透明化させないというすばらしい芸も持つ。)
壁をすり抜けることもできる。
(プリンセス天功が会得したがるかもしれない。)
 さて物語のことなのだが、この物語の根底に流れるのは、美しいものきれいなものだけが尊いのではないと言うことであろうか。彼らは醜い姿をしているが、世の中には普通の人間のフリをして心は極悪な人々がたくさんいる。そういうことから考えると、彼ら妖怪人間の方が最も人としてあるべき姿に近いのではないかと考える。
 最終回、古城に住む妖怪姉妹を退治し捕らわれていたベロを救出したベムとベラは人間になることができる方法を見つけ出す。しかしベムは、自分たちが人間になってしまったら、誰がこのような悪を倒していけるのかと考える。最終的に彼らは人間になることをあきらめたようである。しかし、彼らの活躍など知らない地元警察の所長が、頻発する妖怪騒ぎに業を煮やして、その古城の焼き討ちをする。燃え盛る炎に包まれる妖怪人間たち。程なくして焼け野原となった古城跡にはベムのかぶっていた帽子、ベラの鞭、ベロの履いていた靴の片方が残っていただけであった。彼らは生死不明である・・・
 私はこの最終回を見て、彼らが気の毒になったことを覚えている。これではまさしくとんびに油あげ漁夫の利である。もし、テレビの中に入れるなら、私の最初のターゲットは焼き討ちを指示した警察署長である。彼に一発食らわせてやらないと、腹の虫が収まらない。

追伸:ただし妖怪人間には距離限定だがテレポーテーションのような能力があるようだ。彼らがなぜその能力を使って脱出しなかったのか疑問は残る。(もしかしたらベロは使えなかったのかもしれない。))
 

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2006年5月23日 (火)

合格講座(民法3)2ターン目

 今日は、合格講座民法2ターン目の3回目、前回残した強迫による意思表示、代理、無権代理、表見代理であった。今回の講義に関しては、講師が講義中に本音を漏らしておられたが、民法の講義中で一番説明が厄介なところであり、なおかつ受講生側も理解するのが難しい部分なのだそうだ。ただ、法律の改正により使者と法律上規定される存在から、代理と言う権限を限定つきだが付与された(非弁行為と他士業の独占行為は代理できない)行政書士にとっても、代理と言う行為は実務上重要なものである。特に無権代理の件については、民法117条1項に規定のある無権代理人の責任として無過失責任だと言うことはとてつもなく重要である。

民法117条
 1 他人の代理人として契約をしたものは、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う

 つまり、本人と相手方が未熟な代理人(大体は弁護士がなるのだが)を型にはめようと共謀すれば、代理してほしいとの口約束だけで代理契約書契約書等を交わさなかった、又は後でもらうことにしたが結局くれなかったのでは証明するものがない。なおかつ本人が
「俺、そんなこと言ってない」
ということになれば、(罠にはめているのだから、当然そう言うだろう。)
民法117条発動で、哀れな未熟者代理人はきっちり型にはめられて、法律行為(たいがいは売買契約)の履行の責務を負わされるか、損害賠償を請求されて一生を棒に振ることになるのである。
 ただ、当然相手方の善意悪意の問題もあるので、同条2項に下記のような規定があるにはあるのだが、

上記同条
 2 前項の規定は、他人の代理人として契約をしたものが代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったとき、又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは、適用しない。

実際のところわざわざこんな事を言ってくれるほど、世の中の人はお人よしではない。たいてい知らなかったと言えば終わりである。
(ミスったとか知っていたと言えば、自分が損するわけだし・・・ 勿論この場合は未熟代理人を罠にはめるのだから、当然ながらそんな事を言う事は絶対にない。)
唯一自分が制限行為能力者である場合は逃げが効くが、そんな弁護士や行政書士はいないので万事休すである。

今日の教訓:代理をする場合は必ず書面で契約を交わそう。

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2006年5月19日 (金)

合格講座(民法2)2ターン目

 今日は、合格講座民法2ターン目の2回目であった。今回は民法上の法人、物、法律行為、意思表示が内容であったが、講義スピードが1.5倍と思われた以外は相対して1ターン目とあまり変わりない講義であった。もちろん講師お得意のドラえもんのキャラクターを駆使した民法の意思表示のところは、只でさえややこしくてこんがらがる意思表示のところを少しでもわかりやすくという講師の苦肉の策である。もちろん今後、物権変動のところでも彼らは再度登場するのだが、今は、のび太くんとスネ夫くんしか出てきていない。
(今回は脅迫のところが次回に持ち越しになったため、ジャイアンは登場できなかったのだ。)
 だが、まるっきり同じというわけではない。今回の講義で取り上げた論点もある。それは、別にマニアックな話というわけではなく、かなり細かい論点まで試験対策として講義いただいたものがあると言う程度である。問題数の増加する民法では1ターン目の講義のときから講師が予想されている通り、かなり細かい論点まで突っ込んできた問題が来るのはさけられないそうだ。ただ憲法と違って、学説がどうの通説がどうのという問題ではなく、基礎を深くまで掘り下げた問題が出るという事なのだそうであるからその点は安心である。しかし民法は基礎が果てしなく難解であるから、テキストを何度でも読み込まねばならない。
 憲法とは違い、行政法と同じく分厚いテキスト。時間がかかるが基礎は大切だ、おろそかにはすまい。

追伸:実は今日もある団体の事務所で一人寂しく投稿している。前にも書いたがこの行為はその団体の建物の防火を目的とした宿直制度のようなもので、有志の持ち回りで行っているのだが、たまたま今日の当番のものが急用で泊りが出来なくなったため、私がピンチヒッターで登場というわけである。明日(厳密には今日)は4時半起だが、今は夜中の2時、明日(ひつこいようだが厳密には今日)の朝が思いやられる。
(但し投稿はいつものとおり昨日の日付で入れさせていただくのでご了解いただきたい。)

さらにご連絡:コメントをご投稿いただいた「ぷりん」さん。ご連絡したい事がありまして、記入いただいたメールアドレスに送信いたしましたが、あて先不明で返送されてきます。恐れ入りますが再度ご確認のうえご連絡のつくメールアドレスを私にお教えいただけますでしょうか? お手数ですがよろしくお願いいたします。

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2006年5月18日 (木)

速習講座2

 前回投稿から続く。
 
 だが、その当時40にもなって恥ずかしい話だが、蓄えは殆どなかった私は、5月の29日(2005年当時)までにまとまったお金が手元になく、スーパー速習講座にはじめから参加できるかどうか危ない状態であった。
(もちろんクレジットカード等でキャッシングと言う手もあったのだが、いつ退職金が振り込まれるかわからない関係上不安で出来なかった。勿論親にも会社を辞めたとは言っていないので、借りれるわけもない。)
 失業したのだから職安に言って給付金をもらえばいいとは言っても、会社より失業関係の書類が来ていないのでどうにもならない。
(勿論それが来ていたらどうだったかとは言っても、実際には自己都合退職なので給付は認定日より3ヶ月後だということは後で知ったのだけれども・・)
 「出来たら一番はじめから講義を受けたい・・・」
 私は家に帰りながら悶々としていたのを思い出す。
 その次の日(5月19日)のこと、いつものように朝家を出て、どこに行くともなくあちらこちらさまよっていたとき
(もうそのころになると取り立てて行くところもなく、ネットカフェなどで時間をつぶす毎日であった。)
突然家から電話が私の携帯にかかった。直感的に、
「ああ、離職関係の書類が家に届いたな。」
と思って出たら案の定母親の困惑した声であった。実は4月ごろからそれとなく匂わせておいたので、母親にしては突然の事だっただろうが止むなしと思ったのだろう。特に叱責はされなかった。私は、すぐに家に戻り、その書類を受け取って職安に行くという旨を伝え携帯を切った。
 話がまた横にそれてしまったが、そういうわけで私の離職は親の知るところとなったわけで、今後の身の振り方について一応私の見解を親に伝え、了解を得て現在に至るわけなのだが、その当時の私の最大の関心事はいつごろから退職金の振込みが始まるかであった。第1回目の振込みは退職後1ヶ月以内との事であったが、29日までに間に合わなければ、受講しようとしているスーパー速習講座に最初から参加できない。どうしたものかと思っていたのだが、何の気なしにたまたま講座残高を確認するため、銀行で通帳記帳をしたらいくらかのお金が振り込まれていた。
「よっしゃー! これでいける!」
私は、そのとき心の中で叫んでいた。
そして数日たった5月23日のこと、資格の専門学校の受付で受講料を支払う私の姿があった。

私の行政書士試験受験生活の始まりである。

追伸:本来は今年の速習講座と去年の速習講座の違いを書くつもりだったのですが、こんな重たい話になってしまいました。申し訳ありません。参考までに今年と去年の速習講座の講義内容の違いを記載して終わりにします。

 行政書士スーパー速習講座
 2005年       2006年
 憲 法   2回   憲 法   4回
 民 法   5回   民 法   6回
 行政法   5回   行政法  6回
 諸法令☆ 3回   商法・
 国 語   1回   基礎法学 2回   
 社会科学 4回   社会科学 4回
 全20回       全20回 

 ☆ちなみに去年の速習講座の諸法令の内容は基礎法学、行政書士法、商法、戸籍法、住基法(住民基本台帳法)でした。

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速習講座

 実は民法2ターン目第1回の講義を受けに学校へ行った際、行政書士の講座の紹介パンフレットをいただいて
(棚から勝手に持って行っただけであるが。)暇つぶしにぱらぱらとめくっていたが、そこに、昨年受講した速習講座が今年も開講されるということで、その講義内容とスケジュールが掲載されていた。
 私は去年のちょうど今頃、4月の末付けで当時勤めていた会社を退職し、行政書士試験を受けようと現在お世話になっている資格の専門学校に赴き、講座のパンフレットをもらおうとしていた。行政書士になろうと思った第一の理由は、勤めていた会社で(実は自動車販売会社だったのだが)自動車(四輪)の登録業務部門
(車検証を陸運支局や軽自動車検査協会に作ってもらう手続をする部門。官公庁への申請業務なので実は行政書士の扱える仕事のひとつです。ちなみに自動車の登録をするために陸運支局等に行くと、申請用紙の代書をしてくれるところがありますが、実はあれは行政書士事務所です。)
に所属していたためで、40にもなって会社を辞めるからには何か資格を身につけねばと思ったからでもある。一応会社を辞める決心をした3月ごろからその意思は固まっており、5月に入ってから
(実は、5月の中旬まで親に会社を辞めたことは言ってなくて、毎日、リストラされたが家族に言えず、朝出勤したフリをして公園とかで時間をつぶす中年の親父さん状態でした。ただ、登録関係でお世話になったところに個人的に挨拶に行ったりして、やめた当初は結構あちらこちらに行ってましたが・・・)
実際に動き出したわけだ。
 さて、実際にパンフレットの置いてある棚を見ると、まあありとあらゆる資格の講座のパンフレットがあったのであるが、そのとき一番最初に私の目に付いたのがなんと、
「司法書士」
であった、実はそのとき私は司法書士と行政書士の業務内容がそれほど違わないと思っていたので、パンフレットをぱらぱらとめくっていた。しかし受講料のところで、15ヶ月約80万の金額に、
「うわー、高すぎるわこれ。」
と受講するのをあきらめた。実際のところ勤続18年では退職金の額はたかが知れており、もちろん自分から希望して会社をやめたのであるから、上乗せもない。そんな状況でそんな大金は出せないなと言うことで、予定通り行政書士の講座パンフレットを改めて手に取ったのである。今になって思えば、もしあのころ私が退職金以外に相当の蓄えがあれば、もしかしたら司法書士を目指したかもしれない。本当に人生とは面白いものである。
 そしてそこに載っていたのが、スーパー速習講座であった。速習講座の売りは、約6ヶ月で行政書士試験に合格できます(この「できます」が今にして思えば曲者だったのだが。)だった。受講料も前述の司法書士に比べて格段に安かった。(20万ぐらいだったと思う。)
 そして窓口に行き、講座についての説明を聞くことにしたのだが、窓口の方の回答はとりあえず数日後にガイダンス(講義に関する説明会)がありますので、どうぞいらしてくださいとのこと。そこで担当される講師が、試験の概要も含めて説明するとのことだった。かくして、私はちょうど去年の今日(18日)だったと思うのだが、スーパー速習講座のガイダンスを受けに改めて資格の専門学校を訪れたのであった。そしてそのとき、ガイダンスを担当されたのが、現在お世話になっている講師である。そう、私と講師のご縁はここから始まったのである。
 そのときのガイダンスレジュメは今でも持っているが、私はそのとき現在の行政書士試験の内容について、どう表現したらいいか判らないが、あえていうなら客寄せ的な話をせず、本音の話をしてくれた講師に、
「この先生なら信頼して教えて頂けそうだ」
とお世辞ではなく思ったのである。
 実際去年の時点でも行政書士試験は2000年度から段階的に試験難易度が上がってきていたのだが、未だにいわれている面もあるが、条文重視の傾向があったのは事実である。だが、具体的に事例を示し、それから導き出される結論として、条文丸暗記より立法主旨理解、さらには講義中は条文は確認しませんといった講師のその講義方針に驚きを隠せなかったが、逆に信頼が置けたのも事実である。

お詫び:書いていて長くなったので、ここで一度中断し、再度続きを投稿いたします。 m(__)m

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2006年5月16日 (火)

合格講座(民法1)2ターン目

 さて、今日から合格講座は民法の2ターン目に入る。厳密に言うと、前回までの憲法も2ターン目だったのだが、私は、民法から合格講座に参加した関係上、今回からの講義が私にとっての2ターン目になるのである。
 実は前回の憲法の8回目の終了後、講師と久しぶりに雑談させていただいたのだが、講師が冗談で、
 「ギャグを言っても笑ってくれる方がいないとへこんでしまいますので、民法2ターン目も出てくださいね。」
とおっしゃったが、別にそう言われなくても出るつもりだったのである。
(講義中に声を出して笑うのはもしかしたら私と他数名であるかも知れない。私はおもしろいことを笑わないで我慢できるほど意志が強くない。(そう考えると、めちゃイケで極楽とんぼの山本圭壱扮する殿様のギャグに対抗できる雛形あきこはすごいと思う。))
 話を元に戻すが、講義の冒頭、講師が民法2ターン目における講義の指針をおっしゃったのだが、(憲法最終回でも軽くふれられていたが。)2ターン目においても1ターン目の講義内容を踏襲するとのことであった。行政書士試験における民法は、マニアックな問題が多発する傾向にある憲法と違って、基礎理解とその応用発展を重視する傾向にあるからだと講師はおっしゃる。その理由としては、民法の試験委員が憲法の一人と違って三人であるため、お互いに牽制し合ってマニアックな問題が出せないからだという。ただ、条文判例の丸暗記で済むかというとそうではなく、条文・判例の内容を基礎として長文による事例形式の応用問題が出るため、丸暗記ではなく条文の趣旨理解と判例の内容理解が必要であると言うことだそうだ。
 ただ、前回の憲法と同じく本試験を意識した講義をされる関係上、やはり講義のスピードが1.5倍になっているような感じである。これは出来るだけ問題演習回の時間を確保すると言う観点から講師は意識的に行っておられるのであろう。また、必要と思った重要論点で1ターン目に解説がなかったこと、解釈が間違っていたことについては、修正を行っておられる。これは生講義の醍醐味だと私は考える。
(ビデオ講義ではこうはいかない。)
講義中では通説も出たが、基本的にはある資格の学校と異なり、民法においては通説(判例が採用していないもののみ)・学説までは出ることはないと講師はおっしゃっており、講義中にそれが出た場合は知識として基礎が固まった後のプラスアルファとして考えるべきだとのことである。また、これは1ターン目の講義でも講師がおっしゃっていたことだが、民法は、基礎が果てしなく難しいが、一旦型にはめてしまうと終局的にはあまり飛躍して難しくなることはないので、基礎が簡単で実は奥が深い憲法よりは得点源となりやすい科目なのだそうだ。そういうことから私においての試験対策として、前から言っているとおり行・民・憲の順番で主要3法を押さえていくことにしており、この民法2ターン目がすべて終わるまでに、行政法の基礎を固め、続く行政法の2ターン目では民法の基礎固めを再び出来たらいいなと考えている。

追伸:ハー○ス山にこもられて修行中の信者さん。修行頑張ってくださいね。私も頑張ります。

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2006年5月12日 (金)

合格講座(憲法8)

 今日は合格講座の憲法8回目、憲法2ターン目の最終回にして問題演習による復習回である。
 初回の憲法は参加していないので分からないが、今回は今までの講義の最終回とは違い、講義の前半後半ともみっちり問題演習と重要事項の解説に終始し、特に憲法が得意であるといっている方向きの超マニアック論点まで(これが理解できれば憲法で満点を取ることが可能なライン(講師曰く国Ⅰ以下国Ⅱの間のライン))の論点まで解説して頂いた。
 復習問題は各回の学習内容から出題される○×形式の問題と本試験形式の問題3題からなるが、○×は各回出題合計75題中69題正解で正答率92%である。これは過去問が出来ていれば、このぐらいは当然であるのであるが景気づけにはよいだろう。本試験形式の問題は、3題中一番論点が難しい1問のみをしたが、これも基礎知識があればクリアである。内容的には検閲の問題で、近い類題が2002年の本試験問題に出ているので、それをご参照頂きたい。(本試験問題の方が更に難しい論点を要求しているが。)
 そんなこんなで幸先の良い状態だったが、このような状態でも2006年度の憲法では満点を取ることは難しいとのことである。憲法はもはや条文判例の丸暗記だけでは対応不可であるということは前々から述べている。条文の文言に対する判例、通説、学説。その3つが総て違う内容を指すこともある。なおかつ、まえにも言ったとおり2005年の憲法の記述問題で今まで出たことのなかった学説が出た。いわゆる「二重の基準」と「明白かつ現在の危険」である。講師曰くこの問題は司法試験科でも誤答した方がおられたぐらいのすさまじい問題である。司法試験科ではこの二つの学説については勿論学習されている。ではなぜミスったのか?
 それは試験委員側のすさまじいまでの司法試験科に対するトラップが仕込まれていたためだ。問題の内容を一読したところでは最高裁の判例で採用されている説のように思わせて、じつは「二重の基準」は最高裁が採用しているが、「明白かつ現在の危険」の法理については最高裁は支持はしてはいるが採用はしていない。ここで司法試験科の方々は、「明白かつ現在の危険」の法理は最高裁では採用していないのになぁ・・・ ということで悩んでアウト!というわけだ。で、話はここで終わらない。後日談があって、この記述問題を作成した憲法担当の試験委員
(前々から言っているとおり、彼は日本の最高学府と言われている大学の中の憲法の神様と言われたお方の弟子筋である。)
は、自身のブログで、あの問題は一生懸命勉強している人を落としてしまい、ビギナーズラック
(たまたま上記文言を覚えていて何も考えずに入れてしまって正解した人。)
を作ってしまった。あの問題は失敗作だったとのたまわっているそうな。それでは問いたい。あの問題が失敗作なら次はどんな問題で我々を悩ませてくれるのか? あの問題が、司法試験科の方々にダメージを与えるためだけの問題であるのなら、次はどんなマニアックな学説から出すというのだろうか・・・ 私達法令コマンドーではない普通の受験生はその問題をとばしても合格できるのだろうか?
 択一で簡単な問題が出ることはあまり無いというのに・・・・

行政書士試験はいったい何処へ行くのだろうか・・・・ 宇宙? イスカンダル? アンドロメダ星雲? 

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2006年5月 9日 (火)

合格講座(憲法7)

 今日は合格講座憲法の7回目、次回は8回目で復習回だから、内容についての講義は今回で終了である。
(すなわち私にとって、合格講座の全過程の講義が終了したということである。)
 超難解な前回に比べ、今回の内容はずいぶん楽であった、範囲的には、財政、地方自治、天皇、そして憲法9条解釈である。講師も前回に比べ、幾分か気持に余裕を持って講義されているように感じられた。
 さて、今回の重要事項であるが、基本的に暗記項目が多かった今回の講義の中で唯一難解だったのが、やはり今問題となっている憲法9条の解釈問題である。

 では、ここに問題となる憲法9条の条文を挙げてみる

 日本国憲法第9条
  1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2 前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 憲法9条の解釈問題としては、全部放棄説、限定放棄説に別れ、全部放棄説が条文の文言の解釈の違いで2説に分かれるので、実質的には3つの説が存在する。
 では、現在の日本ではどの説が採用されているのか? それは当たり前のことだが限定放棄説である。
(理由:だから自衛隊が違憲じゃないかと言われながら存在しているのです。)
 だから覚えるのは限定放棄説だけ、というわけには行かないのが今年からの行政書士試験である。特に解釈の違いで分かれる二つの全部放棄説の論点を理解しておかないと足元をすくわれる恐れがある。
(ただしあくまでも憲法においてアドバンテージを得るためのものであって、深みにはまらないと言う戦略にとっては不要である。)

 
 追伸:今回は内容的にかなり短くなったが、今回学習したほかの場所が簡単なのかと言えばそうではない。前々からいっているとおり、2006年度の行政書士試験の憲法においては、憲法という日本の最高法規の内容について研究しまくっている日本の最高学府と言われる大学の教授(彼はそれでメシを食っている)が、合格率を下げすぎない範囲で自分のもてる力のすべてを注ぎ込んでくる。はっきり言って勝てるのかどうか不安である。それを払拭するためには、とりあえず少しでも基礎理解、反復演習に勤めよう。

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2006年5月 7日 (日)

超オタク話7

 タカくんは今日からスーパーオタク人の本性を晒します。 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!

 ああ、このジャンルだけはネタにしたくなかった・・・
 (まあ、基本的にはそれほどオタクな内容ではないのですが・・・)

 さて、その内容は・・・ 懇意にしていただいているmadam-yさんのネタ振りにより、
 オシャレ魔女ラブandベリーである。
 何じゃぁそれはと言う方が多いと思うが、今小学校低学年から中学年の女児の間ではやっているアーケードゲームである。製作は有名なゲームメーカーSEGA(セガ)である。セガは、甲虫王者ムシキングというカードバトルゲームを発表し大ヒットを得たが、オシャレ魔女ラブandベリー(これよりラブベリと略す。)は同じ筐体(ゲームを入れる箱のこと)を使用した物である。そして甲虫王者ムシキングが小学校低学年から中学年の男児の間でヒットした物であるが故に、女の子版ムシキングの異名を持つ。
 ゲームのルールはこうだ、画面に出てくる二人の女の子ラブとベリーのどちらかを選択して、相手とダンスバトルをして勝利するというバトルゲーム物であるが、相手に勝つためにはオシャレまほうカードというアイテムが必要で、それで髪の毛の形とか服装とかメイクとかを選んだキャラクターに施してオシャレパワー(いわゆる攻撃力のような物だろうか。)を相手より高くするようにしなければならない。オシャレまほうカードにはいろいろあってただ単に何でもかんでも着せればいいのではなく、髪型、メイク、服装のコーディネートに果てはダンスバトルをするステージに合わせた服装という、ファッションセンスとTPOを加味した結構ハイレベルな選択が必要となる。そしてセンスのいい服装の組み合わせをするとそれだけオシャレまほうパワーがよく上がるのだそうだ。
(なおかつセンスがよければ、選択したキャラからお褒めの言葉を頂ける。反対にセンスがよくないと最悪の場合はキャラに「ありえなーぁい」(最悪級の場合)と罵倒される。)
 ただ、オシャレまほうカードはそのゲームの機械でしか手に入れることは出来ず、なおかつ100円を入れて一枚しか出てこないので、一番最初はカード1枚から始めなければならない。
(もちろん、それでは勝てるわけがないのであるが・・・)必然的にそこそこ勝てるようにカードが集まるためには何が出てくるか解らないオシャレまほうカードの販売性格故に、友達にダブったカードを交換してもらったりしたとしても、私の個人的見解だが最低30回はしなければいけないだろう。1回100円だから3000円である。
(ちなみに甲虫王者ムシキングも同様のシステムである。こちらのバトル内容は昆虫同士の格闘シーンに合わせてコンピューターとじゃんけんをして勝つという物である。)
 必然的に子供は親の買い物のついでとかにラブベリをするわけで、そのハイレベルなセンスを要求するゲーム内容から、最近では子供のそばに母親(かたまに父親)が付いて一生懸命子供に指導している風景がよく見られるようになった。(もちろん低学年の子に限るが。)また、ある意味親の方が真剣にやっている場合も多く見られ、このラブベリのゲームを企画した開発者の方はそれも狙っていたと言っている。(子供のお小遣いを握っているのは親だからだ。)
 さて、ゲームの説明はこのぐらいにして、このゲームのツッコミ所をあげてみよう。
 主人公の二人ラブとベリーは実は魔女で年齢はオシャレ魔女ねんれい14さい(原文のまま)普段は仲良しなのだそうだが、ことオシャレのことに関してはライバルなのだそうで、ファッションをして色々な場所でダンスをして、みんなに見てもらってどちらがセンスがいいか勝負しているそうだ。
 まあ、どこでダンスをやろうがどうでもいいのだが、許せないのは年齢である。ラブとベリー二人の顔を画面で見るが、どう見ても高校生より下には見えない。ベリーに至っては大人のお色気ぷんぷんで、とてもまだ中学生と言っても許せる感じのラブと同い年には絶対に見えない。また、色々な場所で踊るのだが、そのときにBGMとして流れる数曲の中の1曲の歌詞にこのようなフレーズがある

まちでうわさの ラブとベリー
ダンスとオシャレが だいすき
いつもふたりは プリティー
きょうもキメてる チビT

でも だいじなことは
ミタメじゃなくて ナカミ
やさしくなくちゃ
オシャレしたって ダメ!ダメ!・・・(続く)

 ツッこませてもらおう! 大事なことは見た目じゃなくって中身? オシャレしたってダメ!ダメ!? そしたらすっぴんと学生服(ないしは体操服)でダンスして勝負せんかい! 髪の毛は一般的な公立中学校の校則に照らして、肩まで掛からないショートヘアーか伸ばすんなら三つ編みだ!
 それにおまえらそんなちゃらちゃらした格好して町中やディスコで踊っていると、青少年育成条例で即補導されるぞ! オシャレ魔女年齢14才と言ってごまかしても役に立たないぞ。警察はそんなに甘くはないのだ。

追伸:しかし書いていて思ったが、制服や体操服でダンスしたら、それはそれである特定の趣味のお兄さん方を魅了出来るのではないだろうか・・・ 萌え~

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2006年5月 3日 (水)

超オタク話6

 さて、久々にオタク話が出来る精神的余裕が出来たので、ガシガシ行ってみるのである。

 今回のネタは、お約束のキャラクター玩具売り上げのためのパワーアップを果たした、轟轟戦隊ボウケンジャーの話である。
 ボウケンジャーの基本設定については以前お話ししたと思うので詳しい話はしないが、今回ついに今まで番組上に登場した9台の彼らの使用するマシンゴーゴービークル、No1~No9が全て一つに合体して、新しいロボットが誕生した。(今まではNo1~No5が合体してダイボウケンというロボットになり、残りのNo5~No9が1台か2台でダイボウケンの左右腕部に強化兵装(作品中では轟轟武装と呼称される)という形の合体だったが、敵側のパワーアップにより新しい合体として登場した形になる。
 9台のゴーゴービークルが一つになったその姿は、ダイボウケンのボディ
(そのボディの殆どはビークル中一番大きなゴーゴーダンプ(No1)が占めている)
をベースに右腕部分のゴーゴードーザー(No4)、左腕部分のゴーゴーマリン(No5)を脚部へと移動して収納し、体全体を180度回転させて今までの背中が前に来る、従って背中に合体していたゴーゴージャイロ(No3)は、一度合体を解き、頭部のヘルメット部分となっていたパーツと再合体して、今まで胸の部分を構成していたゴーゴーフォーミュラー(No2)に覆い被さるような形で合体、再び背部を形成する。そして空いている両腕部分に対して右腕になる部分にゴーゴードリル(No5)、左腕になる部分にゴーゴーショベル(No6)が合体、腕部を形成する。そして、残りのゴーゴーミキサー(No8)、ゴーゴークレーン(No9)はそれぞれ右脚部、左脚部に下駄を履くようような形で合体する。そしてゴーゴークレーンのアームの先に付いていたパーツが新たな頭部ヘルメットとなるべく頭部に被さり、「超轟轟合体」の完了である。
 そして誕生したボウケンジャーの新たな力は、

 スーパーダイボウケン!

 ダイボウケンを大冒険と漢字で書くと、なんか怪しげなパチンコ屋か安売りのスーパーのようなネーミングである。
 まあそれはいいのだが、このスーパーダイボウケンは、9台のゴーゴービークルが合体したため、総重量は5300トンと3000トンだったダイボウケンの1.8倍であるが、出力はダイボウケンの2倍をたたきだし、
(ダイボウケン=1200万馬力、スーパーダイボウケン=2400万馬力である)
性能的にはパワーウエイトレシオが上がった分、ノーマルのダイボウケンより高性能な形となった。なおかつ脚部のゴーゴーミキサーとゴーゴークレーンのタイヤを使ってローラースケートのように走行できるという素晴らしいおまけが付いていると言うことだ。

 今まで書いてきたのを見ると素晴らしいパワーアップを果たしたように見えるが、このスーパーダイボウケンにはとんでもない欠陥がある。それは番組中さりげなくリーダーのボウケンレッドが語っていた。
 各ビークルに搭載されているパラレルエンジン(動力源として設定されている機関)を直結してスーパーダイボウケンはもてる最高性能を発揮するのだが、直結に失敗すると「吹き飛んで」(レッドの台詞)しまうのだそうだ。
(どうやら、操縦するボウケンジャーたちメンバー5人の操作タイミングをぴったり合わせる事を要するらしく、初代ゴレンジャーより連綿と受け継がれてきているメンバーの信頼関係及び団結力を前面に押し出す形となる設定である。)
 しかし、各個人の強化服アクセルスーツといい、このスーパーダイボウケンといい、これらの一連の装備を設計した科学者(牧野博士というのだそうだが・・)はよほど危ない技術がお好きなようだ。ボウケンジャーは未知の秘宝を悪の手から保護するトレジャーハンターのプロの集まりであるから、町中で暴れるようなことはそんなに多くないのだが願わくば、町中でパラレルエンジンの直結に失敗し、吹き飛んでしまわないで欲しいと思う次第である。
(敵ロボットも破壊されるので、ある意味いいような気もするが被害は甚大である。)
 なお、もちろんではあるが秘境の戦闘に於いても、万が一そういう事態になった場合、ユネスコ等からクレームが来るのでさけた方がよいと思う。

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2006年5月 2日 (火)

合格講座(憲法6)

 今日は合格講座憲法の6回目だった。内容的には内閣と司法権の話だが、はっきり言って今まで6回講義を受けてきたが今日ほど通説、学説が乱れ飛び難解な解釈まで踏み込んだ話はなく、前半後半およそ160分の講義終了後はいつになく精神的にダメージが大きかった。
 (もちろん講師もずっとしゃべりっぱなしで、我々受講生以上に疲労されておられるだろう・・ お仕事とはいえ大変である。)
 その理由としては、暗記項目と、理解項目が入り乱れ、なおかつ理解項目は、講師が憲法で得点を確保するための講義内容として、かなり深いところまで解説を行っておられるからである。
 かなり踏み込んだ内容になるその論点としては、講師のブログの昨日から今日までの投稿内容に記載されているので、詳しくはそちらを参照いただきたい。(6件ほど投稿されておられる。)

講師のブログ 法務事務所 
URL : http://ameblo.jp/samurairouninn/

 特に司法権の象徴裁判所の項目においては、司法権についていろいろ憲法上の文言から、解釈があるのだが、憲法の条文にこのように明文の規定がある。

  日本国憲法第76条
   1 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
   2 (略)
   3 (略)
    同   第81条
   最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

 76条1項で司法権が裁判所に属することを規定し、81条で最高裁判所に違憲審査権を明文の規定で付与していることになる。
 さて、それでは司法権とは何か。その定義としては、

 具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家作用

 と規定されている。これは私の独りよがりかもしれないが、この定義は昭和27年の警察予備隊(自衛隊の前身)訴訟最高裁判例の判旨からきていると考えるが正しいだろうか?

 これにより、最高裁判所は、

  1、抽象的に法令の解釈又は効力について争うこと。
  2、単なる事実の存否、学問上・技術上の論争等。
  3、純然たる信仰の対象の価値または宗教上の教義に関する判断を求める訴え。

には司法権が及ばないとする。

 1は、警察予備隊訴訟で最高裁が判断したとおり、警察予備隊が発足しても国民の誰も今のところ困っていないから、具体的に争訟事件となりえないという理由、
 2は、ある教授の発明と別の教授の発明とどちらがすごいかを判断しろと言われても裁判所にはどっちが優れているか判らないという理由、
 3にいたっては、特定の宗教の価値の判断は個々人の内心の問題であり、特定の宗教を信仰することによって得た価値観についての判断はは法律を適用してどうこうできる問題ではないと言う理由(参照 板まんだら事件)

 以上の理由から(裁判所は具体的事件を法律を使って裁くのであるから)上記案件については原則訴えを却下する。(棄却ではないところがミソである。)
 ただし例外はある、目的効果基準を採用した 津地鎮祭事件と愛媛玉串料事件である。この二つはただ単に違法な公金支出ではないかというだけで、誰も困ったものはいない。ではなぜこれら抽象的な案件に対して76条の規定に対して判断したのか? それは、それらの争訟の内容がある裁判の一形態だからである。

 客観訴訟 

 行政事件訴訟法に規定のある訴訟形態である。つまり誰が違法に公金を支出したのか?これが問題となるのである。

 だからこんな問題があるかどうかは判らないが、

 問:憲法76条の司法権の解釈により、裁判所は具体的な争訟事件が提起されなければ、絶対に裁判を行わない。

 と言う内容の問題が出たら、おそらくは×にしなければいけないのであろう。

追伸 もうひとつ面白い問題としては、天皇に対して民事裁判権は及ぶかという問題がある。講師は講義中に解説されていたがなるほどと思った。それに、刑事裁判権は及ぶかと言う問題もあるが、これについてもなるほどなぁと納得のいく理論である。

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